紹介:Martin McGuinness
本情報
Martin McGuinness: The Man I Knew
- 作者: Jude Collins
- 出版社/メーカー: Mercier Press
- 発売日: 2018/03/16
- メディア: Kindle版
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ジャンル:インタビュー集、政治、伝記
ページ:352
*Kindleだと2章初めまで試し読みができます。
あらすじ
現代北アイルランドの歴史を形作ってきた男、マーティン・マクギネス。彼を良く知る人々が、マーティンの人物像や行動を語ってくれた。
試し読みしての感想
マーティン・マクギネスという人物
1950年ロンドンデリーで生まれる。若い頃はIRA(アイルランド共和国軍)、PIRAに属し、彼らが起こした様々な事件に関わっていたとされる。その後はIRAの政治組織シンフェイン党の一員として政治活動に携わった。さらには第二党となったシンフェインから、副首席大臣として北アイルランドを動かしていくことに。当時第一党だったDUP(民主統一党)とシンフェインは対立関係にあった。しかしマクギネスとDUP党首ペイズリは共に打ち解けて政府を運営、紛争激化していた北アイルランドを平和へ導いた。2017年3月、心臓病のため永眠。
…と、教科書に載るレベルの人物です。実際河出書房新社から出ている「アイルランドの歴史」にはバッチリ写真つきで載っています。今の北アイルランドが完全に平和となったのかどうかはさておいて。
亡くなられてから約1年経ち、改めて「マーティン・マクギネス」とは誰だったのか、を語る本のようです。巻頭に関係のある人物リストと簡単な説明はついているのですが、ざっくり北アイルランドの歴史を知っていた方が読みやすいかもしれません。特に党の名前などの固有名詞がガンガン出てきます。
色々な側面から
試し読みでは丸々1人分のインタビューを読むことができます。もうこれだけでもかなりマクギネス氏の色々な側面を見ることができます。
マクギネス氏は詩作が好きだったらしいです。ドライブ中に自作の詩を朗読してもらい、「その詩、後でちょうだい」「いいよ」って会話したにも関わらず、結局くれなかった…というエピソードが印象的でした。話者によるとそんな人だそうです、マクギネス氏。
著者について
作家、放送局員。高校教師としてロンドンデリー、ダブリン、カナダで教える。1979年アイルランドに戻り現Ulster Universityで教鞭をとった。65歳で定年後、作家業とラジオ、テレビでの活動を行っている。
紹介:Tony 10
本情報
Tony 10: The astonishing story of the postman who gambled EURO10,000,000 ... and lost it all
- 作者: Declan Lynch,Tony O'Reilly
- 出版社/メーカー: Gill Books
- 発売日: 2018/02/23
- メディア: ペーパーバック
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ジャンル:スポーツ、賭け、ノンフィクション
ページ:304
*amazonでプロローグ~1章まで試し読みができます。
あらすじ
ギャンブルに勝つ快感が、Tony O'Reillyの人生を変えてしまった。ネット上のアカウント名Tony 10。後に彼は175万ユーロを盗んだとして新聞の一面をにぎわすことになる。ギャンブルで全てを失った男の半生を描いた話。
試し読みしての感想
スポーツとギャンブル
読み出しはTony(トニー)がいかにギャンブルへはまっていったのか、という導入部分になっています。タイムリーというのか、その賭けの対象がサッカー、ワールドカップでした。
いつからだったか、日本でもワールドカップなんかの時にはイギリスのブックメーカーの倍率を紹介するようになりましたよね。あんな風に勝ち負けで簡単に賭けられるなら、お祭り気分でサクッとやってみたくなる気持ちもわかるような気がします。そしてずるずるやめられなくなっていく、と。
文章はドキュメンタリー風と言えばいいのか、場面描写が多くありますね。ノンフィクションですが半分物語のように書いてあります。
著者について
Declan Lynch
1961年生まれ。記者、作家として活動するかたわら、劇の脚本も手掛ける。
アイルランドのアスローンで生まれ、記者としてはSunday Independentに勤めている。
Marist College secondary schoolを卒業後、法学部に進学するも1年で退学。Independentに移るまで音楽雑誌の記者を務めていた。
紹介:The Trick to Time
本情報
ジャンル:歴史、人生
ページ:272
*Kindleだと2章まで試し読みができます。
あらすじ
Mona(モナ)は人形造形師として、海沿いの街で人形店を営んでいた。
どれもが自分のかわいい人形たちだ。それぞれ名前をつけていたし、それぞれに隠された意味があった。それは全部、モナの過去に関することだ。まだ少女だった頃の自分、愛する人と会った時の自分、そして望まない妊娠。60歳近くになったモナに、人形たちは昔を思い出させてくれる。
試し読みしての感想
穏やかな語り口
モナの年齢のせいか、それとも性格のせいか、静かに物語は始まっていきます。海沿いの街の雰囲気も相まってとても美しい印象の文体でした。
会話のシーンでモナは親しみの込めた呼びかけや話し方をします。かわいいおばあちゃんという感じ。優しい性格なのでしょうね。
ただ、彼女は過去のせいなのかどこか引っ込み思案で、自信がなさそうに見えます。そうした意味ではものすごく共感性の高く親しみやすいキャラクターでした。あまり身構えずにモナと相対することができると言えばわかりやすいでしょうか。
なぜモナがそのような性格になったのか、どんな人生を経てこの街に辿り着いたのか、それを紐解いていくお話になりそうです。60歳のモナを起点として、過去の出来事へ戻って行くスタイルですね。
著者について
Kit de Waal
アイルランド人の母とカリブ族の父の間に生まれる。バーミンガムのアイルランド人コミュニティの中で育つ。
デビュー作“My Name is Leon”は世界的ベストセラーとなり、コスタ賞の処女小説部門のショートリストやThe Desmond Elliott Prizeのロングリスト入りを果たし、2017年のThe Kerry Group Irish Novel of the Year Awardを受賞。
レビュー:The Wren Hunt
本情報・あらすじ
ジャンル:ファンタジー、民話、YA
あらすじ:Wren(レン)は16歳。両親のいない彼女はaugurの一族としてひっそり暮らしていた。未来視ができる以外普通の女の子であるレンは、名前のせいでDavid(デイビッド)はじめ近所の男の子にいじめられる日々を送っている。
ところが、Cassa Harkness(カッサ・ハークネス)のオフィスにaugurたちにとって重要なものがあると判明。そこは敵対するjudgeの巣窟だった。レンはカッサの元へスパイとして潜りこむことになる。
舞台と補足
舞台はKilshamble
たぶん架空の村です。アイルランドのどこか、小さな田舎と描写されています。村で何かしているとすぐに噂話が広まっていってしまうくらいに田舎。レンちゃんはこの村の少し離れたところにaugursで固まって暮らしています。
対してカッサのオフィスはこの村からバスで通える、もう少し都会のほうにあるようです。
これもアイルランド語と英語のミックスらしいのですがどんな意味かわかりませんでした…。
用語補足
この小説にはアイルランドの魔術/文化が沢山出てきます。アイルランドに限った用語ではないこともありますが、ともかく補足が大量になりますので加減で読み飛ばしてください。
augur
ドルイドの1種族。主人公レンちゃんの属するグループです。judgeとは敵対関係かつ劣勢気味。
augurは占い師であり、16歳の誕生日までに大体が何らかを読む能力に目覚めます。未来視は限られた人物しか出来ない。
物語開始現在はjudgeに見つからないよう一般人の中に溶け込んで暮らしつつ、独自のコミュニティを築いて古からの伝統を守っています。目下のところ、judgeの下にある特別な石と聖森を奪い返そうと企んでいるようです。
judge
ドルイドの1種族。augurと敵対関係かつ優勢気味。
自然に対して高い親和性を持ち、augurのような特殊能力はないそうですが、なぜか社会的に成功している人が多い。中にはaugurを狩る殺し屋みたいな役割を持った人物もいる。
bards
吟遊詩人という意味の単語です。今作ではjudge、augurとは別の第3勢力ドルイドとされています。他2種族の争いには関わらない主義であり、現在ではほぼ絶滅。彼らの歌や詩に宿る魔力もなくなってしまったそうです。
draoithe
=draoi、ドルイドのこと。司祭、政治家、裁判官的な役割をしていたと考えられていますが、今作ではどちらかと言えば不思議な力を持った者(魔術師)的な意味合いで使われているように思います。彼らは自然、木々(特に樫)を信仰していたと言われています。
ard-draoi
ard=top。ドルイドのトップのこと。レンちゃんたちaugurはコミュニティを築いており、Maeve(メイヴ)が今はその長の地位にいます。
nemeta
聖地、聖森。nemetonとも。nemetaと言う場合、自然に出来た神聖な森のことを指すのだとか。広義で言えば寺社もnemetonと呼べるそうです。
今作ではjudge、augur共にそれぞれnemetaを持っていますが、場所がバレないよう細心の注意を払っています。どうやら相手のnemetaを破壊する=勢力を削ぐということらしいです。そして一番力のあるnemetaは現在judgeが所有していると。
tuanacul
アイルランド語を無理矢理英語のつづりにしたもの、原文Tuatha na Coilleであり、意味は「森の人」と言ったところでしょうか。このThathaはたぶん神話に出てくるトゥアサ・デ・ダナーン(ダナーン神族)のトゥアサと同じ。レン曰く「花びらの唇で、葉のようにやさしくそっとキスをして、毒の息を吹き込んでくる種族」だそう。
Daragishka stone
地名のようですね。Hu-Breasil(ハイ・ブラシル)という、アイルランドの西に浮かぶ幻の島にある場所。そこは普段霧に覆われていて見ることが出来ないのですが、7年に1度その姿を現すのだとか。そこにあった石3つ、ある形に並べるとaugurにとってはnemetaを強化するパワーストーンに、judgeにとっては危険なものになるそうです。ちなみに作中ではこの島がドルイド発祥の地とされているものの、これは独自設定ぽいですね。
この石は物語上重要になってきます。レンはこの石を探しにjudgeの元へ行くことになりますし、judgeの方でも血眼になって探しています。しかもレンのお母さんがこの石を盗んだとか。
Sadhbh
アイルランドの伝承に出てくる妖精であり、騎士フィン・マックールの最初の妻となりました。説によってはトゥアサ・デ・ダナーンの神ダグザ(大がまで有名な)の血を引いているとされています。
彼女は黒ドルイド(悪いドルイド)に鹿へ変えられてしまい、フィンの元から攫われます。そんな伝承から、作中では鹿の頭をした少女のフィギュアとして出て来ます。
Fionnuala
アイルランドの神話に出てくる「美しい顔」の意味の神様。海神リルの娘。Sadhbhと並んでフィギュアとして登場。継母の呪いで白鳥に変えられたそうで、フィギュアの腕も白鳥の羽になっています。
ré órga
=golden age。ここでは1800年代のアメリカ、通称「金ぴか時代」のこととされています。作中ではこの時代の前にjudgeが大量にアメリカへ移民したようです。そしてそこで政治家や金持ちに上り詰めたとか。
Bláithín
Bláthnatの派生。「小さな花」の意味の人の名前。派生元の名前の女性は「ブリクリウの饗宴」に出てくるクーロイ王の妻とされています。クー・フーリンともごにょごにょあったそうですが、あんまりここでは関係なさそう。
作中では葉っぱと花で出来た服を着たお人形さんを指してこの名前で呼んでいます。この人形を贈られた相手はある重要な儀式に選ばれたことを意味し、儀式を経た女性もまたBláithínと呼ばれます。
brídeog
アイルランド語で「花嫁」、もしくは聖ブリジッドの祝日に飾るとうもろこし人形のこと。今作では後者の意味で使われています。
上記「Bláithin」と同じ人形を指して、レンちゃんが「ブリジッドの人形かな?」と考えていました。
Ogham
オガム文字。5~6世紀のアイルランドで用いられた文字です。ドルイドが用いていたとされていますが、主人公レンちゃんは辞書を引かないと全く読めない。augurのドン・メイヴはアイルランド語もオガム文字も扱えるようです。
Mug Ruith
アイルランドの伝承に登場する盲目のすごいドルイド。様々なパターンの逸話が残されているそうです。本作ではなんとaugurの1人で、レンちゃんの遠い祖先とされています。
Gairdín
アイルランド語で庭(Garden)の意味。
Dolmen
ドルメン。石の建造物、支石墓。アイルランドはこれがぽこぽこ置いてあり、その風景はまるで「この世の果てのよう」と記述されていました。(『図説ケルトの歴史』)これが観光客の興味を惹いたせいでこの国の木々は魔術的な力を失ったんだ!とレンちゃん談。
Wickerman
昨今はゲームのおかげで知名度マシマシですかね。大きな人型の檻を用意し、中に生贄を入れて燃やす儀式のことです。特に罪人の命を捧げると喜ばれると考えられていたのだとか。
本作では既に禁じられた儀式となっています。が、judgeはこれを密かに再開したから強大な力を得たのだとaugurの中では噂になっているようないないような。
登場人物
augur(占い師)陣営
Wren(レン)
主人公。16歳の女の子。いじめられっ子気質なのかDavidたちに追い掛けまわされている。友達もAislingしかいない。赤ん坊の頃に両親と生き別れ(そもそも父親が誰か不明)祖父と暮らしている。カッサの元でArabella de Courcyという画家について勉強していく内に、同じく孤児であった彼女に共感を覚えていく。augurとしての能力は未来?視。
本人曰く、名前のWren(ミソサザイ)はドルイドの聖鳥から取られたそうです。しかしDavidには「裏切り者の鳥」と呼ばれる始末。キリスト教ではミソサザイが裏切り者の鳥とされ、これは布教の際に強い信仰を集めるミソサザイを貶める為にこうされたのだ、いや磔の時に裏切って鳴いたからだ、などの説を見ましたが明確なソースは不明でした。
すごく体の細い印象があります。頭の良い子ですが、自分より周りを優先して考えているのでとても生きづらそうに見えました。
Smith(スミス)
レンちゃんの育ての親。厳しくもレンちゃんに愛情を持って接する。
17年前に失踪した娘Sorchaのことは未だ立ち直れていないくらいに気に掛けている。augurだが才能はない。
Maeve(メイヴ)
レンちゃんのお隣さん&ほぼ育ての親。スミスとはちょっとした恋人関係。augurのトップ。
石を用いた占いができ、レンはドルイドの儀式や慣習、知識をもっぱらメイヴから教わっています。雲を読むことができる。
メイヴと言えば女王メイヴが有名ですが、名前が一緒なだけで関係はありません。ある意味このメイヴも女王ですが。
Aisling(アシュリン)
レンの友達、メイヴの娘。とてもカワイイ。人体を読むことができる。(どこの具合が悪いのか、等)
レンとはどちらがカッサの家へ侵入するかで争うことになる。以降、レンを心配するあまり関係がぎくしゃくしていくことに。良い子なのか傲慢なのか判断が難しい子です。
Sibéal(ジベール)
メイヴの娘、アシュリンの妹。まだ才能には目覚めていない。
漫画が好きでよく描いている。アイルランド語至上主義のため、アイルランド語を英語風にしたものに嫌悪感を持つ。SadhbhやFionnualaのフィギュアもこの子の持ち物です。
Simon
野心家。アシュリンとよく行動している。能力は人体を読むことができる。(人の考えていることがわかる)
他に妹がいて、その子は数を読むことができます。
judge陣営
Calista Harkness(キャリスタ・ハークネス)
通称Cassa(カッサ)。judgeのボス的存在。Daragishka stoneの在処を記した地図を彼女が手に入れたということから、レンちゃんはハークネスの元へインターンとして潜り込む羽目になります。
大人の女性、良い匂いがする。レンちゃんに対して百合的な感情を抱いていたのではと感じたのは…私の思い違いでしょうか…。
Tarquin(タークイン)
通称Tarc(ターク)。作中ではもっぱら通称で呼ばれています。ハークネス護衛隊の1人でトップ。インターンとして入ってきたレンに興味があるようでちょっかいをかけてくる。腕に蛇の入れ墨がある。
タークとレンちゃんが2人になると急に少女小説のような雰囲気を醸し出してくるので何だかどんな顔して読めばいいのかよくわかりませんでした。
David(デイビッド)
ハークネス護衛隊の1人、かつWrenboysと称したレンちゃんいじめのボス。
レンちゃんには複雑な感情を抱いていた様子。
その他
Arabella de Courcy(アラベラ・デ・コーシー)
1800年代の画家。Kilshambleに住み、逸話ではtuanaculの王子と恋に落ちた、とされている。
カッサはこの画家の研究と展示会の企画をし、インターンとして潜り込んだレンちゃんはこの企画の手伝いを通してアラベラについて知識を深めていくことになります。
最初はこんなに重要な役どころの人物と思っていませんでした。また、各章の冒頭に短い文章とAdCのサインがあったのですが、アラベラの日記よりの抜粋と気がついたのは大分後になってからでした。
感想
不思議な世界観
ジャンルとしては、現代文明に魔法が入り込むローファンタジーです。ですが世界観があまりに作り込まれていてまるで異世界モノを読んでいるような感覚でした。その分読解も大変でした…。
これはひとえに作者の力量によるものかと思います。あとがきからも苦労度合いが見てとれました。昔から言い伝えられているドルイドや神話と、独自設定を違和感なく溶け込ませて独特の世界観を構築しています。アイルランド、ケルトの文化土壌があって成り立つ世界であり非常に稀有な作品ではないでしょうか。著者はケープタウン出身ですが、こういうのは外部から見た方がより魅力的な部分を引き出せるのかもしれません。
そんな中でレンちゃんがスタバ的なところや雑貨屋に寄ったりする現代っぽさがまた良い。
メタモルフォーゼ
ジベールが持っている神話のフィギュアといい、tuanaculといい、この作品には変身譚を思わせる描写がちょこちょこ出て来ます。これ伏線なのですよね。
変身譚と言えば、自ら望んで姿を変えるもの、無理矢理変えられてしまうものがあります。その意味では、SadhbhもFionnualaも望まないまま、第3者によって変えられてしまうパターンになっています。
自分ではない存在に、ある日突然変えられてしまう。それには恐怖もあるでしょうし戸惑いもあるでしょう。ただ、レンちゃんはこれまで昔ながらの習慣を守り、人生をaugurのために捧げてきた過去があります。そんなレンちゃんにとっては、この「外部からの刺激による変身」という概念は何か良い意味での意識改革になるのではないかなと思います。
独りで立つまで
壮大な世界観に支えられたこの物語は、それでもレンちゃんの為の物語であるわけです。彼女は生まれてすぐに親から捨てられ(たとされ)、augurの一族として育ちます。自分はいらない存在だから捨てられたのか、と、恐らくレンちゃんはずっと思っていたことでしょう。自分には価値がないとすら考えていたかもしれません。
そう思うと、危険を冒してハークネスの元へスパイとして潜り込む任務に立候補したのも、ただ自らの存在意義を証明したかったからのようにみえてきます。
しかしレンちゃんはそこで予想外の出会いをするわけです。augurの為にはハークネスを騙し通さなければならない。でも自分の気持ちとしてはjudgeの中に良い人もいるような気がするし、ハークネスから知識を教わるのも楽しい。悪い言い方をすれば、依存していたaugurの世界から、レンちゃんは外へ出て新たな知見を得ます。
レンちゃんの場合は立場が立場なので大げさな話になっていますが、16歳の少年少女はえてして新しい世界を知り、保護者の元から少し距離を置く時期ですよね。同年代の子たちはレンちゃんに感情移入するところも多々あるのかしら。
著者について
Mary Watson(メアリー・ワトソン)
ケープタウン出身、現在はアイルランドの西海岸に夫と3人の子と暮らす。
2006年にThe Caine Prize for African Writing in Oxford受賞、2014年にはThe Hay FestivalのAfrica39 list of infuluential writers from sub-Saharan Africaに入る。
紹介:Travelling in a Strange Land
本情報
ジャンル:旅、親子愛
ページ:176
あらすじ
一面の雪。こんな日に車を出そうとしているTom(トム)を、Lorna(ローナ)は命知らずだと止めた。しかしトムはどうしても息子を迎えに行かなければいけない。ボートのチケットをポケットに入れ出発した。
1人孤独に旅をするトムは、知らず自分の過去を振り返っていた。別れた妻のこと、今迎えに行っている息子のこと、そしてもう1人の息子のこと。哀しくも心温まる物語。
試し読みしての感想
旅のはじまり
試し読みの範囲では、トムが車で出発して少し経ったところまでで終わります。最後にラジオをつけるのが格好いい。これからトムはボートを乗り継いではるばるイングランドのサンダーランドまで大学生の息子を迎えに行くことになります。出発地点が北アイルランドのベルファストなので、その距離約383キロメートル。グーグルのルート案内では車とフェリーで6時間半と出ました。東京からと置き換えるとざっくり仙台とかそのあたりまで行けそうです。
雪の世界
雪の描写がすごく良かったです。静かで物音が吸い込まれている、世界に1人ぼっちのようなあの感じが文章を通して伝わってくるような。トムの過去の闇や孤独が旅の中で明らかになっていくそうですが、この雪はトムの孤独感を表しているのかもしれません。
トムは責任感のある人物ですが、旅のサバイバルキットの中にお気に入りのCDたちを持って行くあたりユーモアもありそう。なかなかの好人物です。
著者について
ベルファスト出身。短編集や小説を多く出していて、受賞歴もかなりある作家です。
「作家の中の作家」とまで言われていましたから、間違いなく現代北アイルランドを代表する作家の1人ではあるのでしょう。
紹介:Almost Love
本情報
ジャンル:愛、フェミニズム
ページ:314
*Kindleだと1章まで試し読みができます。
あらすじ
Sarah(サラ)は恋に落ちてしまった。20歳年上のMatthew(マシュ―)に。
友人には心配され、父からは許しを得られず、仕事も失いかける。それでもサラはマシュ―との別れを選ぶことができなかった。愛のために全てを犠牲にした女性の話。
試し読みしての感想
マシューはお預け
試し読みの範囲でマシューは出てきません。というか、サラは別の男性と付き合っているようです。冒頭はサラが恋人との約束をドタキャンされて少し喧嘩するシーンから。
サラはとても夢見がちというか、相手に何かしてもらえることを期待します。気まずい雰囲気のまま恋人が仕事へ行ってしまった後、「さっと戻ってきて愛してるって、サラが許してくれないと1日が楽しくないんだって言ってくれないかなあ」とひたすら待っているのがそれを顕著に表していると思います。そういうとこだぞ、サラ。
よく上記のジャンルを書く時に海外のブックレビューサイトGoodreadsを見て参考にしているのですが、今作のレビューは評価が2分されていました。低評価にしろ高評価にしろ、サラのことは好きになれない、と書いていた人が多かったように見えました。これは作者があえてこういうキャラ付けにしたのでしょうか。
著者について
コーク州出身。普段はヤングアダルトを中心に書いていますが、今作は大人向けのようです。
以前紹介したThe Surface Breaksの作者です。1年で2作とは多作な方です。
紹介:Skin Deep
本情報
ジャンル:ミステリー
ページ:368
*Kindleだとプロローグと1章まで試し読みができます。
あらすじ
Cordelia Russell(コーデリア・ラッセル)はシャワー室で血を洗い流していた。寝室にはまだ死体があるだろう。
小さい頃、アイルランドの小さな島で暮らしていたコーデリアは父に可愛がられ、時に女王様気分になっていた。成長して南フランスのコートダジュールで暮らすようになっても彼女は気取った女性のフリをしていた。しかしその生活も破滅を迎えることになる。
試し読みしての感想
beauty is only skin deep, but ugly goes clean to the bone
美しさは表層のもの、醜さは内からにじみ出るもの、といったところでしょうか。アメリカの作家ドロシー・パーカーの名言であり、今作の最初に引用されています。そもそも、本の題名がこの名言から取ったものですね。
主人公コーデリアは正にこれを体現したような存在です。甘え上手でおそらく見た目も美しく、人の懐へ入っていくのに抵抗感がありません。男性?お食事をおごってくれる存在でしょ?くらいに思っていそう。読んでいる分にはおもしろいキャラクターですが、身近にいたら嫌かもしれません。
ナルシシズム
間違いなくコーデリアはナルシストです。幼い頃から、自分のために島全体が険悪なムードになった時には「私、トロイア戦争を引き起こしたヘレネーみたい!」と喜ぶ始末であり、堂々と「パパがこの世で一番愛してるのはママじゃなくて私」と考えています。幼いながら恐ろしい子……!
そんな傾国の美女感のあるコーデリアですが、死体、それも恐らく自分が殺した人物を前に冷静すぎるほど冷静に対処しています。かつ、載っているあらすじを読むと「そろそろ蝿もわいてきた」といったような一文もありました。彼女、サイコパスなんじゃないかと疑ってしまいます。倫理観のない美女もそれはそれで良いものですが、やはり現実では関わりたくありません。
著者について
ダブリン出身・在住。テレビ脚本などを書いていて、2014年に作家デビュー。2作目のLying in Waitが大ヒット、受賞しています。