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アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

Dublin Literary Award2019ショートリスト

Dublin Literary Awardとは

年に1度発表される国際的な文学賞。英語で出版された、あるいは英語に訳された本がノミネート対象になります。

英語で書かれた本であれば、2017年1月1日~同年12月31日までに出版されたもの。他言語であれば、2013年1月1日~2017年12月31日までに原作が出版され、2017年1月1日~同年12月31日までに英語へ翻訳出版されたもの、が今年は対象になるそうです。

今年で24年目。国際的文学賞ですがダブリンに拠点を置く企業とダブリン市図書館などの後援を受けているためこの名称になっています。

公式HPはこちら→International DUBLIN Literary Award

日本語のWikiありました→国際IMPACダブリン文学賞 - Wikipedia

去年の記事はこちら。

rokuyon64.hatenablog.com

2018年の受賞作はMike McCormack氏の"Solar Bones"でした。思考をそのまま文章に落とし込んだような難解な冴えないおっさんの話です。一応読んだのですが、難しすぎて感想記事は書けなかった…。

ショートリスト

Compass(by Mathias Énard tr.Charlotte Mandell) 

Compass (English Edition)

Compass (English Edition)

 

フランス語からの翻訳。

不眠症音楽学者Franz Ritterは、夜毎に思い出をさまよっていた。中東への旅、そこでの様々な人との出会い……。その思い出の中心には最愛の人Sarahがいた。エッセイ風に書かれた19世紀~20世紀初頭を舞台にした物語。

作者は小説家として活躍しつつ、ペルシア語・アラビア語の翻訳も手掛けるそうです。自身はフランスからスペインに移住していますね。中東にも長く滞在したのだとか。

ジュンパ・ラヒリがイタリア語を学び、イタリア語の翻訳や執筆をするようになった、というニュースもそうですが、こういうのを聞くといよいよもって作家のグローバル化を実感します。

本文はノスタルジックかつメランコリーに、Franzにとって最も輝いていた中東を旅した日々が綴られています。こういう言い方は良くないのですが、すごくフランス文学っぽい。文章の美しさだけでなく、ヨーロッパと中東の微妙な緊張関係も巧みに表現されているとのコメントがありました。作者の経験あってこそ書けるものなのでしょう。

History of Wolves(by Emily Fridlund) 

History of Wolves: A Novel (English Edition)

History of Wolves: A Novel (English Edition)

 

14歳のLindaはミネソタ州北部の森の中で親と暮らしていた。家でも学校でも孤立していたLindaは、神秘的なLilyと新しく赴任してきた歴史教師Griersonに惹かれていく。しかしGriersonは児童ポルノ所有の疑いで逮捕されてしまう。ショックを受ける中、湖の近くに引っ越してきた一家のベビーシッターをやることになり、充実感を覚えるLinda。だが一家にも秘密があり、そこで彼女は人生の選択を迫られていくことになる。

作者はアメリカのミネソタ州出身です。短編集1冊、長編は今作が初のデビューしたて作家ですね。今作の第1章がMcGinnis-Ritchie Award for Fictionを受賞しているそうですが、1章を短編で書いて後から長編として書き下ろしたのかどうなのか。

中身に関しては、描写が美しいこと、田舎特有の雰囲気や冷酷なまでの物語展開が評価されていました。ジャンルはヤングアダルトです。

Exit West(by Mohsin Hamid) 

Exit West: SHORTLISTED for the Man Booker Prize 2017

Exit West: SHORTLISTED for the Man Booker Prize 2017

 

NadiaとSaeedは普通の若者だった。そして、普通ではない恋をした。

内戦が始まり、故郷から出ていかざるを得なくなった2人は世界のどこかにある自分たちの居場所を探し求める。

作者はパキスタン出身ですが、ロンドンやニューヨークに拠点を置いていることもあり英語で書かれた小説です。『コウモリの見た夢』が「ミッシング・ポイント」という邦題(原題"The Reluctant Fundamentalist")で映画化もされている人気作家。

今作は移民の心情に焦点を当てた小説のようです。どんな絶望の中で、孤独の中で、移民が過ごしているのか。それを我が事のように感情移入させた今作こそ、フィクション小説の存在意義を証明しているとコメントが付けられていました。

Midwinter Break(by Bernard MacLaverty) 

Midwinter Break (English Edition)

Midwinter Break (English Edition)

 

熟年夫婦のGerryとStellaはリフレッシュにと冬のアムステルダムへ旅行する。そこで英気を養い、老後の過ごし方を決めようと思ってのことだった。しかし冬の街中で母国アイルランドでの忌まわしい思い出がよみがえってしまう。それは2人の崩壊の始まりだった。

作者は北アイルランドベルファスト出身。北アイルランドの人々には英国籍とアイルランド国籍が与えられるため、賞のサイトでは両方の国マークがついてます。(作者の名前の横に国旗のアイコンが表示してある)小説の他、舞台やテレビ脚本でも活躍している方です。

アイルランドでの忌まわしい思い出というと、血の日曜日事件とかどうもそっち系を思い浮かべてしまいます。また、前に感想を書いたTravelling in a Strange Landも、表に出さないけど崩壊している家族の話でした。しかも冬。この共通点は何なのでしょうか。

ちなみに、この賞は司書のオススメでノミネートが決まり、それぞれ作品ページに司書のコメントが載っています。この小説につけられたコメントの中で

Forty years after his first book, MacLaverty has written his masterpiece.

というものがあって、短い文章でしたがすごく目をひかれました。奇しくもGerryとStellaは結婚40年目らしいんですよね。

Reservoir 13(by Jon McGregor) 

Reservoir 13: WINNER OF THE 2017 COSTA NOVEL AWARD (English Edition)

Reservoir 13: WINNER OF THE 2017 COSTA NOVEL AWARD (English Edition)

 

イングランドにある小さな丘の村で、休暇に来ていた少女が行方不明になった。警察やマスコミが普段閑静な村にやって来て、村人は捜索へと駆り出された。季節が巡り少女の捜索が続く中、村を離れていく人、戻って来る人、一緒になる人、別れる人が出てくる。自然は変わらずそこにあった。そしてこの事件は、思わぬ余波を引き起こすことになる。 自然の摂理と人間の暴力性を描いた物語。

賞のサイトのあらすじを読んでも、さっっっぱりわからん!となったのでGoodreadsのあらすじを参照しました。賞サイトの方は何なのでしょう…聖書になぞらえているのか?

作者は英国出身、賞を多数ノミネート/受賞している売れっ子です。デビュー作『奇跡も語る者がいなければ』は邦訳されてますね。Writingで教鞭も取ってます。中々のイケメン。デビュー作も今作もコミュニティを描いた小説で、文体が斬新と評されていました。

Conversations with Friends(by Sally Rooney) 

Conversations with Friends

Conversations with Friends

 

Francesは21歳、ダブリンで学生をしつつ小説家を夢見ていた。親友のBobbiと共にジャーナリストMelissaに取材され親しくなってから、2人はセレブな世界に入っていくことになる。Melissaは有名な俳優Nickの妻だったのだ。しかしNickとFrancesは徐々に親しくなっていってしまう。

去年"Normal People"でブッカー賞にノミネートされたことで日本でも有名になった…と勝手に思い込んでいるのですが…作者はアイルランド出身、期待の新星です。2018年のIrish Book Awardsも獲ってました。出版されたのは"Normal People"より今作が先、デビュー作です。簡素な文章で登場人物の心情を巧みに描き出す作風はこの時からあったようです。

ところであらすじでBobbiについて「(Francesの)Best friend」で「used to be girlfriend」と表現してあったのですがどう受け取ったらよいものか。恋人という意味で取って構いませんか。

Idaho(by Emily Ruskovich) 

Idaho: A Novel (English Edition)

Idaho: A Novel (English Edition)

 

ある暑い8月、その一家は白樺の木を伐採しに来ていた。母Jennyは余計な小枝を切り落とし、父Wadeは丸太を積み重ねていく。9歳と6歳になる娘JuneとMayは枝編みをし、ハエを追い払い、レモネードを飲み、歌を歌って過ごしていた。そんな家族を悲劇が襲う。

作者はアメリカ、アイダホ出身です。これがデビュー作。今回のノミネートは作者の地元を舞台にしたものが多い気がします。やはり思い入れがあり書きやすいのでしょうか。

構成が巧みと評されていました。レビューを見て回っていたら、とんでもないネタバレをされてしまった…。かなり衝撃を受けました。 確かにこれはすごい構成。一方で娘2人の名前の由来が簡単に推測できそうなところも好きです。

Lincoln in the Bardo(by George Saunders) 

Lincoln in the Bardo: WINNER OF THE MAN BOOKER PRIZE 2017 (English Edition)

Lincoln in the Bardo: WINNER OF THE MAN BOOKER PRIZE 2017 (English Edition)

 

南北戦争のさなか、リンカーン大統領の愛息が病で死んでしまう。遺体は丁寧に埋葬されたが、リンカーンは息子を抱き締めようと夜な夜な墓場を訪れていると新聞に報じられた。リンカーンはそこで死にきれずさまよう霊魂たちと出会う。

これは邦訳されています。 

リンカーンとさまよえる霊魂たち

リンカーンとさまよえる霊魂たち

 

史実を基にした小説です。本文が引用文のように書かれているのが1番の特徴でしょうか。引用元は民明書房的な架空のものもあるそうですが。

A Boy in Winter(by Rachel Seiffert) 

A Boy in Winter (English Edition)

A Boy in Winter (English Edition)

 

ドイツ侵攻の数週間後、1941年11月早朝、ウクライナの小さな町が襲われた。少年Yankelは弟と共に強い意志で激動の3日間を生き抜いていく。

作者は英国出身、戦争とドイツを題材にした小説を多く書いているようです。ブッカー賞を取った『暗闇のなかで』収録の話が「さよなら、アドルフ」の邦題で映画化もされています。

主人公は恐らくユダヤ人でしょうか。絶望の後の希望や、人々の慈悲を描く、とあらすじに書いてあるのに少しだけ安堵します。

Home Fire(by Kamila Shamsie) 

Home Fire: A Novel (English Edition)

Home Fire: A Novel (English Edition)

 

Ismaは自由になった。母の死後、下の双子2人を育てあげ、やっとアメリカで自分のしたい勉強ができるのだ。しかしIsmaは双子、美人のAneekaのことも、夢を追い掛けて行方不明になったParvaizのことも心配でならなかった。さらにはロンドンで力を持ったムスリムで政治家の息子Eamonnが彼らの人生に入り込んできて波乱を起こす。愛と政治が絡み合った物語。

作者はパキスタン出身ですが、英国籍も持っていて英語で書かれた小説です。この"Home Fire"はブッカー賞はじめ様々な賞にノミネートされているので代表作とされていました。

作品については現代の『アンティゴネ』と称されていました。なるほど、それで政治家か。

 

 

以上、ノミネート作品です。

昨年はノミネート11作品中6作品が翻訳モノでした。今年は10作品中1作のみ。

かといって英語圏の作家ばかり取り上げられている印象はありません。むしろ、英語を第2言語として執筆する国際色豊かな作家が増えてきたような気がします。異邦人としての自分を強く意識し、居場所を求める物語が多いとも思いました。

反面、作者の地元を舞台にした小説も多いんですよね。ただそんな中でも主人公は疎外され、孤独感を持っているというのが共通しています。どんどんと世界が広がって、言語も距離の壁も取り払われつつある現代。逆にお隣さんがどういう生活をしてどういう文化を持っているのかすら知らない。大きな目で見ればコミュニケーションがとりやすく、個人間で見ればコミュニケーションが希薄になっている世の中を映したショートリストではないでしょうか。