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アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

レヴュー:From a Low and Quiet Sea

本情報・あらすじ

From a Low and Quiet Sea: A Novel

From a Low and Quiet Sea: A Novel

 

ジャンル:家族、人生

ページ:192

あらすじ:3人の男がいた。1人は戦争で何もかもを失い、1人は恋に破れ、1人は死を間際に告解していた。過ごした人生も性格も何もかも違う3人だが、それぞれの道は思わぬところで交わっていくことになる。3人を各々主人公に据えた3章と、最後に物語が収束する1章の全4章構成。ブッカー賞ロングリスト入り。

登場人物

Farouk(ファールーク)

1章主人公。名前はアラビア系によく見られるもので、「救世主」「善悪の裁定者」という意味があるそうです。

シリアで医者として働いていました。妻と娘と共に戦火から逃れようとしたものの、待っていたのは悲しい運命でした。

他の方もレビューで書いていましたが、1章の完成度はとても高いように思えます。主人公の目を通して見る世界は悲しくも美しいものでした。

Lampy(ランピー)

2章主人公。チャラチャラした雰囲気がぷんぷんします。Chloe(クロエ)という女性に恋をしていますが、あまり相手にされている感じがありません。他にも数人、女性の名前が2章には出てくるので若干人間関係がわかりづらいです。

John(ジョン)

3章主人公。3章は全体が、死を前にしたジョンの懺悔という形をとっています。優秀すぎる兄をもった彼が、どのような人生を歩んできたのか。個人的には一度神への不信を抱いた彼が、なぜ懺悔し神に呼び掛けるようになったのか気になってぐいぐい読めました。

感想

浅く、凪ぐ海

まずタイトルが良いですよね。エモ~な感じがありつつノスタルジック、そしてどことなく死の匂いがします。脱線しますが、世界の神話で死の世界や異世界ってだいたい海を越えたところにあるので海と死を関連づけるのって外国の人にも通じるのですかね。

このタイトル、From a Low and Quiet Seaは作中で3章に出てきます。詩の一文とされています。

Armoured they came from the east,

From a low and quiet sea.

We were a naked rabble, throwing stones;

They laughed, and slaughtered us.

武装した人々が東からやってきた

浅く凪いだ海から。

丸腰の我らは道端の石も同然。

彼らは笑いながら我々を屠った。

ノルマン人によるアイルランド侵攻について書かれた詩だそうです。グレートブリテン島ノルマン・コンクエストという侵攻を経験していますが、アイルランド島も複数回侵攻にあっています。

3章の主人公Johnはこれの朗読を授業で耳にします。まるで歌うような甘美な響きがあった、と回顧するJohn。朗読していた生徒が特別に朗読上手だったのかもしれませんが、アイルランドの人が話す英語って確かに歌うような響きがあると思います。youtubeなどで「Irish accent」で検索するといっぱい動画が出てくるので是非聞いてみてほしいです。

他に、1章では海が重要なモチーフとして出て来ます。この1章の描写はすごく良かった。海に朝日が昇ってくるのは確かに希望と思えるのに、静かな海は全く生命を感じさせません。この絶望と希望が混ざった静かな狂気が主人公の心情と重なって独特の雰囲気でした。

神に祈る

読んでいて物語の先が最も気になったのは3章でした。前述した通り、年老いた男が教会で自らの人生を懺悔している体をとっています。

話が逸れますが、アイルランドキリスト教徒の宗教観がとても好きです。具体的にどこら辺がと言われると悩みますし、私自身キリスト教徒ではありません。アイルランドの文学作品には宗教によって「心の底から救われた経験」を描いたものがちらほらあります。もしかしたら、そうした経験の方を魅力に感じるのかもしれません。しかしこの作者、処女作で「キリスト教社会に抑圧された」人物の話を書いているんですよね。懐が広い。

3章の主人公Johnは、先に書いたように一度信仰を失い、神を呪いさえします。彼にとって崇拝対象は優秀な兄であり、それを奪った天を許せるはずがありませんでした。でも彼は人生の終わりを前にして、いないと信じた神に愛を捧げます。彼の人生を思うと何とも言えない気持ちになります。小説の終わり方も、しばらく考え込んでしまうような文章で締めくくられていました。他の人のレビューを色々読んでまわりたい。

文体は落ち着いてやや難解

会話文と地の文を区別しないのが1番の特徴でしょうか。しかし今作の後に読んだ“Normal People”も同様でした。今はそういうのが流行っているんでしょうか? はじめは少し戸惑ったものの、物語の波に乗ってしまえばそれほど気になりませんでした。

取り扱っている内容柄なのか、文章は落ち着いて淡々と話が進んでいきます。散々書いたように特に1章の文章が美しくて、海の描写だけでも、この本を読んで良かったと感じました。

著者について

Donal Ryan(ドナル・ライアン)

1976年、ティペラリー生まれ。現在は家族とリムリック在住。

他に何作か発表されてます。処女作The Spinning Heartでも2013年ブッカー賞ロングリスト入りしています。The Spinning Heartは『軋む心』という邦題で出版されてますね。

軋む心 (エクス・リブリス)

軋む心 (エクス・リブリス)

 

今作From a Low and Quiet Seaは残念ながらショートリスト入りしていませんが、他に何か賞をとるんじゃないかしらんと思うほどの内容でした。