6&4

アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

レビュー:ミラクル

本について 

ミラクル

ミラクル

 

ジャンル:家族、児童書

ページ:215 全22章+フィナーレ

あらすじ

ミランダは想像力の豊か(すぎる)子だった。病気がちな姉、意地悪ばかりするクラスメイト、想像力のない友人、変なジョークばかり言うおばあちゃんにイライラしながらも、それなりに楽しく毎日を送っている。ひょんなことから自分にはミラクルを起こす力があるんじゃないかと思ったミランダは、姉のためにあることを計画する。

登場人物

ミランダ・A・マグワイア

主人公。作中では言及がなかったと思うのですが、たぶん小学校中学年くらいでしょうか。ひねくれ者。文章能力と想像力が高い。ルーシー・ファーという、ミランダの前でだけしゃべるぬいぐるみが大好き。

ミランダというとシェイクスピアテンペスト」の彼女を思い浮かべてしまいます。そもそもミランダはミラクルと同じ語源。だから当然なのかもしれませんが、ミラクル・ミランダで頭韻を踏んでいて良い感じです。

ジェンマ・マグワイア

ミランダの姉。16歳。入退院を繰り返している。

作中はミランダの視点で進むため、ジェンマが何の病気なのか、病院でどんな風に過ごしているのかはほとんど描かれません。

ダレン・ホーイ

ミランダのクラスメイト。意地悪。

ああクラスに1人はいるよね、という感じの子です。

キャロライン・オローク(通称COR)

ミランダが4歳の頃から親友。サッカーが得意で、乙女チックなものが好きではない。

良い子ではあるものの、ミランダは時々イラッとしているようです。それでも大好きと思っているところ、本当の親友感があって好き。

感想

ミランダの世界

この小説は完全にミランダの視点で進んでいきます。1人称。だから、ミランダの知らないことは読者も知りようがありません。

例えば姉の病名も、姉の入院中に父母が何をしているのかも、最後までわかりません。質問の仕方が悪く、意図の違う回答が返ってしまってきても、ミランダは内心「違うよ!」と思いながらそのまま流してしまいます。

そしてミランダ自身も、全てを話しているかどうかはわかりません。意図的に嘘をついているわけではないでしょうが。書き出しからすでに

やっぱり、自己紹介から始めるのはやめよう。名前とか、年齢とか、家族構成とか、何から何まで書くなんてつまらない。(P.8)

とひねくれています。言い換えて、読者の想像力で補ってくれと信頼してくれています。ちなみにこの書き出し、ミランダの性格をうまく表していて最高だと思いました。

ミランダはその想像力の豊かさもあって、素晴らしい世界を見ています。お気に入りのぬいぐるみはお話ししてくれ、的確なアドバイスもくれる。一番良い場面なので詳しくは書きませんが、ラストシーンだってもしかしたらミランダの想像にすぎないのかもしれません。ミランダの想いが詰まった世界です。

こう書くとミランダがまるで夢見がちな子みたいにみえるかもしれません。でもその実、結構な現実主義者です。というよりも冷静で客観的な目も持っていると言ったほうが正しいでしょう。奇跡なんてあるわけがないと思いつつ、どこかで信じたい気持ちがある。大人ほど割り切れないけど、何もかもを頭から信じられる子どもでもない。そんな成長途中なミランダに共感できる児童は多いんじゃないでしょうか。

そもそも、想像力の豊かさというのはあり得ない世界を想像するというだけではありません。ミランダはその想像力をフルに使って友人や家族の気持ちを汲み取ります。たとえ自分に都合の悪いことをされたとしても、それが相手の好意から出たものだと想像し、許してあげられる。ミランダの想像力は優しさに繋がっています。きっとそんな性格では損をするでしょう。でも、その想像力・優しさは得難いものです。ミランダにはこのまま優しく育っていってほしいなと、つい親目線で見てしまいました。

翻訳された本を読むこと

ここからは若干本の内容とは関係なくなってくるのですが、読んでいて感じたことなので自分用のメモ的に書いておきます。

文芸翻訳には訳者によって色んなスタンスがあると思います。例えば、句読点に至るまで原文に忠実であること。例えば、多少原文を変えてでも日本語として自然な流れにすること。私が大学で翻訳を学んでいた時は後者のスタンスだったので、前者であった教授とよくケンカしたものです。

そのどちらにしても、障壁になるのは原文語独特の表現が出てきてしまった時です。今作で例を出すと、登場人物に「ミス・ルーシー」という女性が登場します。ミランダのクラス担任の先生です。なぜ「ミス」をわざわざつけているのか?ルーシー先生ではダメなのか?前者のスタンスであった私はこの表現にどこかモヤモヤしながら読み進めていたのですが、その後、本文で「先生は結婚しているのにミセスじゃなくてミス・ルーシーと呼んでいいのか」といった表現が出てきて合点しました。未婚・既婚によってつける敬称が変わるというのは、英語にあって日本語にないものです。現代においてはその差別化に若干時代遅れ感を覚えなくもないですが。

ミス・ルーシーとすることで、ミランダの、敬称の違いに気がつく語学センス、細かい性格を訳文に活かすことができますし、何より、英語圏ではミスとミセスという敬称があって、未婚・既婚でそれが変わるのだ、と読者に教えることができます。その作品を通して外国の文化を学べるのもまた翻訳書の存在意義ですね。かといって大量の脚注や、話の内容理解を阻むほどの文化差違は、読む気力を失わせてしまうので難しいところです。

上で散々書いてきた通りミランダは言語センスに優れた子です。作中で英単語や韻について突っ込みを入れまくるわけです。翻訳者泣かせの主人公だったのではないかなと、訳された方の苦悩を勝手に思わずにいられませんでした。

著者・訳者について

シヴォーン・パーキンソン(著者)

児童文学者。大人向けのものもいくつか書かれています。何より、アイルランドの出版社「Little Island Books」の発行人・編集者とのこと。お世話になってます。

浜田かつこ(訳者)

児童書をメインに翻訳されている方のようです。恐竜が出てくるシリーズの本がめちゃおもしろそうでした。