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アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

レビュー:The Earlie King & the Kid in Yellow

The Earlie King & the Kid in Yellow (English Edition)

The Earlie King & the Kid in Yellow (English Edition)

 

ジャンル:ディストピア、ロマンス(他殺体の詳しい描写程度のグロあり)

ページ:368

あらすじ

アイルランドに雨が降る。Digital catastropheの後で、雨は止まなくなり、アイルランドは沈みつつあった。海は酸で汚染され、魚が住めなくなってしまった。そのアイルランドを支配しているのがThe Earlie Kingだった。彼は親衛隊を使って街を監視していた。そんな中、黄色づくめの少年(Kid)がKingの所へ忍び込む計画を立てていた。

雨と炎、KIDとKINGの物語。

登場人物

KID

黄色いレインコートを着た少年。年齢は13~15歳、正確なところは本人もわからないらしい。街の北のスラムにあるアパートで兄と暮らしている。本名をひた隠しにしているため、兄と友人Clemしか名前を知らない。

昔はKingの使いっ走りをしていたが、ある時からKingと対立するようになる。街中にハートマークの中に「T」のサインを残す。

The Earlie King

街の支配者。至る所に王冠に目のマークを描かせている。プライベートやそれまでの経歴は一切謎で、雨が降り出し、海が酸でやられた後にどこからか現れて拳一本で街の支配者へ昇りつめた。10人の親衛隊(Earlie Boys)と、その他使いっ走り(runner)がいる。

最後まで読んでもよくわからない人でした。悪でもなく、正義でもなく。ただステゴロでテッペンとったのはロマンがあります。

T

Kingの娘。とても良い子という評判だった。KIDの語る物語と彼自身を心から愛していた。物語開始時には既に故人。

babba

babyのこと。Kidはこのbabbaの行方をずっと探している。

O'Casey(オケーシー)

記者のような野次馬のような。Earlie Boysや王の行動を密かに探り、KIDの行方を追っている。

この小説の語り手です。章ごとに表現方法が異なるのですが、8割方O'Caseyが調べた、もしくは語ったことになっています。

感想

ピーターパンが、大人になるまで

この小説は色んな要素を持っています。内容だけでもディストピア(ポストアポカリプス)、環境破壊、国家転覆、宗教その他もろもろ。文章構成にしたって章ごとにバラバラ。ト書きになっている場面もある。文体は芝居がかって気障な感じ。それ以外にもいろいろ。要素を全て書きだすのは多分私には無理です。

 

それでも、この話はKIDが中心、彼のための物語です。KID自身や彼を追う人間が順番に現れてはKIDについて語っていきます。

その中でKIDは1度だけピーターパンと呼ばれます。そして1度だけピーターパンと自称します。文明が崩壊しつつある世の中で、物語や詩を諳んじることのできるKIDにピーターパンの話をねだったTとの会話でのことでした。そこでTは自らをウェンディにたとえています。

 

このKID=ピーターパンは、作中を一貫している図式なのではないか、と思います。この小説は愛することを知らないピーターパン(KID)が、最終的に愛を獲得していく物語なのです。

そう考えると、KIDが少年である必然性が見えてきます。この主人公はちゃんとした名前を持っているのですが、作中で呼ばれることはほぼありません。KIDは常にKIDと呼ばれます。そのことでKIDは1個人でありながら普遍的な少年の象徴にもなり得ています。KIDは何物にもとらわれない自由を持ち、圧倒的支配者であるKingにすら反抗できる。恐れを知らない子どもだからこそです。

O'Casey視点のKID像とKID視点がわかりやすいかと思います。O'Caseyの見るKIDはミステリアスで自由。支配者のKingの支配を唯一覆すことができるダークヒーローのよう。対してKID視点だと、世界を中途半端に知っていてまだまだ未熟な、普通の少年でしかありません。フック船長と勇敢に戦うピーターと、強がりながらもウェンディ(母)の愛を欲しがるピーターの2面性と重なります。

 

しかしピーターパンとKIDには大きく違う点があります。自由で気紛れ、愛着が長続きしないピーターパンに対し、KIDは最初から最後まで一貫してTを愛し、執着しています。KIDが作中で語るTとの思い出はどれも美しく彩られていました。Tは大きな母性とでも言うべき愛でKIDを包みます。

愛を知らなかったKIDは刷り込みのようにTを愛しました。たぶん、KIDがTを愛した理由は「自分を愛してくれたから」という1点のみなんですよ。

だから、とりあえずTとの愛の証であるbabbaを奪還はしてみるけれど、その後どうしたらいいのかわからない。愛されて、愛を返すことはできる。それが愛を与える側になるとKIDはやり方を知りません。

ある意味、そこがこの物語のスタートです。よくわからないままにネバーランドを飛び出したピーターパンは親としての愛を獲得することができるのか。

完成された世界観

この小説はとにかく世界観が完成されていて素晴らしいと、他の人もレビューで書いていました。荒廃したダブリン、降りやまない雨、プラスチックのレインコート越しの会話。確かにこの世界観を味わうだけでもこの本を読む価値はあるのでは。

さらに、この世界観を支えている文体にも意味はあるんじゃないかと思うんですよね。劇風の語り口、章によっては脚本のト書きになっていることもある。元々が舞台だったピーターパンのオマージュなんだろうかとも考えてしまいます。

長く冷たい雨の世界で、KIDは愛を知り、愛のために生き、愛を学ぶようになっていきます。それはつまり大人になると同時に、彼が少年でなくなることを意味します。ただの人になった彼に最早主役の器はなく、舞台を降りるしかありません。

作者は冒頭でこの物語を「悲劇」と表現していました。けれど最後まで主役だが愛を知ることのなかったピーターパンより、KIDはずっと幸せだったのではないかと、そう思います。

作者について

Danny Denton(ダニー・デントン)

これがデビュー作です。それ以外全く情報が出て来ない。YouTubeで本人がちょろっと朗読している動画あったので貼っておきます。

youtu.be

ちょっと聞き取りづらいですがエエ声です。