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アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

レビュー:Travelling in a Strange Land

本情報

Travelling in a Strange Land (English Edition)

Travelling in a Strange Land (English Edition)

 

ジャンル:家族、心理

ページ:176 全2章

あらすじ

大吹雪に見舞われたアイルランド島グレートブリテン島。飛行機も飛ばない中、Tom(トム)は大学の寮で寝込んでいる息子Luke(ルーク)を迎えに行くことになる。車に乗り、フェリーで島を渡り、また車に乗る。独りきりで道を進む内に、Tomは昔のことを思い返していた。

登場人物

Tom(トム)

主人公。中年の男性。妻と息子と娘を心より愛している。

大学の寮で体調を崩した息子を迎えに行くため、大吹雪の中ベルファストサンダーランドのドライブに出る。

ユーモアのセンスがある人物です。音楽好きで過酷なドライブへ行くのにお気に入りのCDを真っ先に用意していました。また、旅先でも様々な人と積極的にコミュニケーションを取るなど人好きのする性格です。そんなTomを悩ませるのが唯一、隠された過去にありました。

Luke(ルーク)

Tomの2番目の息子。サンダーランドの大学に通っている。寡黙なタイプ。

主人公の主観では、昔から何事も長く続かない、無口な子だそうです。登場シーンではあまりそんな風に感じませんでした。普通の好青年です。

Lorna(ローナ)

Tomの妻。家族を心より愛している。少し心配性すぎるところがある。

TomにLukeを迎えに行くようお願いした人物でもあります。物語の起点ですね。とってもかわいらしい性格でした。Tomが羨ましい。

Lukeを心配するあまり電話をかけまくるなど行き過ぎるところもありますが、これは多分、1人目の息子のことがあったからなんでしょう。

Lilly(リリー)

Tomの娘。Lukeとは歳が離れている。

すっっっごくかわいいです。作中での癒しです。言葉を覚えている途中だからか、ダジャレのような謎々を出してきます。かわいい。

Daniel(ダニエル)

Tomの1番目の息子。ドライブ中もDanielの幻影を見るほどTomの心を占めている人物。

こうして登場人物欄に書くのがネタバレにならないか心配なのですが、他サイトのレビューでも言及していたので大丈夫でしょう。というより、前情報なしで読み進めると「急に出て来たDanielって誰???」状態になります。なりました。そこまで徹底的にDanielの情報は伏せられているので、Tomの子どもはLukeとLillyだけという先入観を持ってしまうんですよね。

物語補足

主人公の旅路

北アイルランドベルファストが出発地(自宅)、サンダーランドが目的地(息子の大学寮)です。車とフェリーで実に6時間少々。物語はこの道程を追っていくことになります。

インターネットの発達により、日本にいながらこういう小説に出てくる舞台、道のりも簡単に調べられるようになりました。君たちは良い時代に生まれたことを感謝しなさいよ、とよく大学の先生方に言われたことを思い出します。サンキューグーグル。

それはともかく、グーグルマップで主人公と一緒に旅する気分になるのもおもしろそうです。

主人公の車について

物語を通して登場するのが主人公Tomと、その相棒の車です。車種はトヨタRAV4。ゴツくて雪道も乗り越えてくれそうな頼もしい感じ。

さらに車に搭載されているsatnav(カーナビ)がちょこちょこTomの旅路に口を挟んできます。これが物語上で旅路だけでなくTomの人生とその秘密に関して鋭い指摘をする演出がなされていました。徐々に愛嬌すら感じてきます。

雪について

アイルランドはほぼ雪が降らないそうです。北アイルランドはまだ少し降りやすいとのことですが、それでも雪国ではないレベル。なので今作の状況設定はアイルランド・英国の読者からしても異常です。雪に囲まれてひたすら車を走らせる状況は、若干の異界感が漂っていました。正にStrange Land。

ただ、去年の冬は珍しく大雪が降ったそうです。小説と現実が重なった稀有な例ですね。

感想

全てが終わった後の話

小説を読みだしてから読み終えるまで、一貫して「何も起こらない小説だな」という感想が1番にありました。語弊のないよう言うと、つまらない小説だということではありませんし、何も起らないわけではないのです。ゲームオブスローンズを作っているという人に出会ったり、事故を起こしてしまって困っている人を助けたりしています。でもそれだけです。主人公がとらわれているのは過去であり、今現在起きていることは全て過去の苦悩を呼び覚ますものでしかありません。

そのせいか、主人公に置いていかれている感覚は読んでいる間中、少しだけありました。こっちは主人公の苦悩の解決に立ち会いたい、寄り添いたいと思っているのに勝手に独りで進んでいかれる。そこはかとない無力感がありました。でも、小説ってそもそもそういうものです。自分は何の為に小説を読むのか、何を求めているのか立ち返ってしまいました。そんな力のある小説です。

この小説の雰囲気といい、中年のおっさんが苦悩する流れといい“Solar Bones”に似ているなあと思っていたら、The Guardianのレビューでも同様に指摘されていました。“Solar Bones”がハッピーエンドとは言い難かったため、これも同じになるんじゃないかとハラハラしましたが、終わり方は中々に好きでした。

Travelling in a Strange Land by David Park review – daring and deeply felt | Books | The Guardian

Strange Land

本のタイトルになっている‟Travelling in a Strange Land”は、写真家ビル・ブラントの言葉から取られています。以下引用。

The photographer must have and keep in him something of the receptiveness of the child who looks at the world for the first time or of the traveller who enters a strange country. 

実際の言葉とは若干変えてあるようです。この言葉は小説の最後の最後まで効果をもたらします。始まりと終わりがこうして繋がっているの、とても良い…。このまとめ力はさすがベテラン作家と言えばいいのでしょうか。

常にStrange Landにいるというのは、反面、常に孤独を抱えて生きなければならないということです。Tomは愛する妻、息子、娘がいながら、過去の秘密を抱え孤独の中にいます。それが雪の車内でより鮮明になり、Tomは家路を見失いそうになるのですよね。

ところでTomも写真を生業としています。中でも写真の捉え方についての言及が印象的でした。

They think they always freeze the moment in time but the truth is that they set the moment free from it and what the camera has caught steps forever outside its onward roll.

写真は時を閉じ込めるものではなく、時から解放されて永遠性を獲得するものと。

こんな風にTomの思考は主に家族の思い出を媒介として様々に巡ります。そのひとつひとつが深いものだったり、俗っぽいものだったり。だからなのか、この小説って一言で表すのが難しいように思います。Tomのこういう物の見方はStrange Landへ紛れ込んだ旅人のような気分を味わわせてくれました。

音楽と写真

Tom一家の共通点として、全員が音楽好きというものがあります。登場人物欄でも書いたようにTomはドライブのお供にCDを持って行き、道中あれこれ鳴らして進んでいきます。

そのいくつかをspotifyでリスト化してくれているようです。リンクは著者あとがきにあったので、購入した人だけの特典というわけです。また、小説にインスパイアされて撮ったという写真のリンクもありました。今は小説を五感で楽しむ時代なんですね。

著者について

David Park

1953年、ベルファスト生まれ。

これまで11冊出版されています。特に“The Big Snow”は今作のひな型になったのではないかとの考察がIrish Timesのレビューでされていました。