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アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

レビュー:Tatty

Tatty

Tatty

 

*リンク先はオーディオブック版

あらすじ

Tattyは父と母と5人の姉弟と暮らしていた。酒に依存する両親、障がいを持つ妹、手のかかる弟たちに、時々うんざりしながらもTattyはそれなりに生きていた。子どもの目線から1960年代のアイルランドの家庭とアルコール依存症を描く。

感想

今作は2020年の Dublin One City One Bookに選ばれたものだ。一種のお祭りのようなもので、ダブリンに関連した小説を毎年4月にみんなで読もうというイベントである。2007年から始まったこのイベントも今年で13回目。新型コロナウイルスの影響で朗読会などの企画がオンラインに切り替わったり中止になったりしたのが残念ではあったものの、選ばれた"Tatty"は間違いなく素晴らしい作品だった。

 

さて、この小説は主人公「Tatty」の、4歳から14歳までを描いたものである。もちろんTattyは本名ではない。Carolineという可愛らしい名前があるのに、家族は誰もその名で呼ばない。

名は体を表すというのか、Tattyは段々と両親から汚れ仕事を押し付けられるようになる。姉弟の世話、家事、挙げ句の果てに寄宿学校へ行かせられることになってしまう。寮生活で良い教育を受けるためと言えば聞こえはいいが、実際のところは家からの追放だった。学費を出してくれたのは両親のせめてもの良心か。

 

嫌々ながら寮生活を始めたTattyは、しかし、そこで自由を獲得する。姉弟の面倒も見なくていいし、同級生も先生もTattyを本名で呼んでくれる。

この小説にTattyの心理描写はほとんどない。姉弟の世話を押し付けれ、母親からどんな理不尽なことを言われようと、ただ地の文は淡々とTattyの日々を綴っていく。Tatty自身はエクスクラメーションマークを多用してしゃべるちょっぴり騒がしそうな女の子だ。それでも落ち着いた印象を受けるのは地の文と会話文の区別がつけられていないからかもしれない。

 

淡々とした文章を心地よく感じながら読み進めていくと、いつの間にかTattyにものすごく感情移入していることに気がつく。これは自分でも不思議だった。特に寄宿学校に入ってから活き活きと過ごす様子に嬉しくなる。本当は本人があまり喜んでいないTattyという呼称も使いたくない。わかりやすさより本心を優先するなら、Carolineと呼びたい。

逆に、長期休暇でTattyが家に帰って来て、母親から「寄宿学校に行ってから太った、贅沢なものを食べているのでは」と叱られた時は、出来るならTattyを抱きしめたくなった。家だとTattyはろくに食事も摂らせてもらえず、学校で出る食事を食べてやっと健康的な体形になれたのだ。

小説を読み終わった今でも、1960年代に生きたこの少女の人生が幸せに満ち溢れたものであるように願ってやまない。読み進めるうちにTattyは私の中で生きた人間となったのだと思う。

 

Tattyはあの時代・あの場所に生きた「語られることのない人たち」の象徴だ。彼女のように自身の幸せを犠牲に家族へ尽くした人々が当時それなりにいたのだろう。アルコール依存症の両親、数の多い姉弟。家のことをしなければならないから学校には行けないし、家の中でもないがしろにされがち。

死んでしまうほど不幸なわけではないが、幸せでもない。彼らは何者でもない。後世、歴史が語られる中ではまず取り上げられることのない人たちにこうしてスポットライトを当てられるのは、小説ならではだろう。

Tattyはフィクションである。けれど、この中には確かに当時生きていた人々の苦しみや喜び、人生そのものが写し出されている。同じように何者でもない私が彼らに感情移入したのは必然だったのだと思う。

著者について

Christine Dwyer Hickey

1960年ダブリン生まれ。ダブリンを舞台に家族を描いたダブリン三部作が有名。ジェイムズ・ジョイスヴァージニア・ウルフから影響を受けたと公言している。