6&4

アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

レビュー:The Last Ones Left Alive

ジャンル:ポストアポカリプス、ゾンビ、旅

ページ:280

あらすじ

Orpenは小さな島で母とそのパートナー、Maeveと暮らしていた。優しい母、厳しいMaeveに育てられたOrpenは島の外、アイルランド本島にいるというskrake(ゾンビ)と戦って生き残る術を身につけていく。

数年後、skrakeに噛まれたMaeveを手押し車に乗せ、Orpenはアイルランド本島へ降り立った。目指すはダブリン、フェニックスパーク。

2つの時代を行き来しながら語られるOrpenの物語。

感想

荒れた大地、そこに跋扈するゾンビSkrake。

壮大な舞台が用意されているものの、この本は一貫してOrpenの成長譚になっている。

 

序盤のOrpenは、単なる少女である。母を亡くし、師と呼べるMaeveもゾンビに噛まれてしまい意識不明。生前のMaeveとはお互いゾンビに噛まれたら相手の首を切ると約束していたが、Orpenはそれができなかった。彼女はまだティーン。年齢を考えれば仕方ないことだろう。

それでOrpenはMaeveを手押し車に乗せ、アイルランド本島へ上陸してしまう。幼い頃聞きかじった、ダブリンのフェニックスパークにいる人間の生き残りに会ってMaeveを人へ戻してもらうためだ。

意識のないMaeveを連れながら歩くOrpenの旅路は孤独だ。朽ちた家屋、人のいない村、いつ襲ってくるかわからないゾンビ。しかしOrpenはとっくに滅びてしまったアイルランドを見て「美しい」と思う。滅びてしまったとはいえ、それは人間だけの話だから美しくて当然なのかもしれないが。

Orpenがアイルランドの景色を美しいと思ったのにはたぶんもう1つ理由がある。彼女は物心ついてからずっと小さな島で育ってきた。アイルランドの広い景色はおそらくOrpenにとって新鮮で、感動すべきものだったのだろう。これは親離れして広い世界を見に行く話でもあったのだ。

 

しかしそんなOrpenへの印象は、物語中盤からガラリと変わる。彼女はそれまでの人生で他人と関わってこなかった。母とMaeveは家族だったし、さらには「(家族を含め)人間を信用してはいけない」と教育されてきた。

そんなOrpenが他人と出会ったら、それはもうお察しである。手負いの獣かというくらいOrpenは警戒し、疑い、逃げようとする。物語前半までの純粋にMaeveを案じ、景色の美しさを感じていた少女はどこへ行ってしまったのかと思うくらいOrpenは身勝手に行動をし始める。

 

Orpenが他人と出会ってまず感じたのは、「こいつら弱すぎない?」。確かにOrpenは強い。対ゾンビを想定して毎日毎日訓練を受けてきた彼女なら、そこらの一般人など軽く殺してしまえるだろう。Orpenから見て他人は隙だらけだ。そんな警戒心の無さじゃゾンビがのさばる地上じゃ生きていけない。

 

けれど、その弱くて甘い一般人はOrpenが持っていない強さを持っていた。「自身を犠牲にして誰かを助けること」である。それはかつて母がMaeveに対して、そしてMaeveが自分に対して行ってくれたことだった。

自分にそんなことはできない、なぜ人はそんなことができるのか。Orpenは旅の間、その疑問と向き合っていくことになる。

 

自己犠牲を尊いと感じるのは、たぶん人にとって死が大きな恐怖だからなのだと思う。多くの人にとって死は恐れ、忌避すべきものだ。死にたくないという気持ちを抱えたまま、恐怖を乗り越えた姿に人は感動するのではないか。もちろん、利他的な行動こそ美徳であるという教育・文化の影響も多分にあるのは当然として。

OrpenはMaeveの死を2度経験する。1度目は肉体的、2度目はゾンビとして蘇り自我を失った精神的な死だ。この2度目の死は、Orpenが言いつけ通りにしなかったために起こったとも言える。2度も育ての親の死、そして生みの母の死を目にしたOrpenにとって、死の恐怖は誰より身近で大きいものだっただろう。とにかく生き延びることを第一として育てられてきた経緯もあり、Orpenは自己犠牲の精神を理解できなかったのだと思う。

Orpenが死の恐怖と向き合い、どう結論を出すのかはこの物語の主軸の1つになっている。

 

どれほど心身を鍛えていようと、人間は1人でゾンビを相手にして勝つことはほぼできない。だからこそ生き残った人間はひっそり隠れて暮らしている。この小説でのゾンビはそういう存在として描かれている。

人間の取れるわずかな対抗手段は、限りなく鍛え集団でゾンビと戦うこと、そして互いに助け合うことだ。他人のために労力を使うのも、物資を差し出すのも、身を危険にさらすのも自己犠牲に含まれるだろう。みんなが何かを犠牲にしながら助け合い、脅威と戦っていく。1度は弱い存在と見下した人間がその甘さからOrpenの命を助けたように、各々の持つ力を持ち合わせることこそが人間の持つ武器なのかもしれない。

 

私がOrpenの旅に寄り添えるのは小説で描かれている部分だけだったけれど、この世にたった1人残されたと感じていた彼女が、いつの日か、大事な人とこの美しい地上の景色を心ゆくまで眺められればいいなと思う。

 

著者について

ダブリン在住。アイルランドの独立系出版社Tramp Pressの創設者の1人。