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レビュー:ヒトラーと暮らした少年

本情報・あらすじ

ヒトラーと暮らした少年

ヒトラーと暮らした少年

 

 ジャンル:戦争、ヤングアダルト

あらすじ:ピエロはフランス人のママンとドイツ人のパパの間に生まれた普通の少年だった。心優しく、暴力を嫌い、近所に住むユダヤ人で耳の聞こえない友人と遊ぶのが大好きだった。

しかしパパが失踪の果てに死亡、ママンも病気で死んでしまうとピエロの人生は一変した。紆余曲折あってパパの妹に引き取られたピエロは、オーバーザルツベルクの山で、ペーターというドイツ風の名前を与えられて暮らすことになる。そこはあのヒトラーの別荘だった。

登場人物

ピエロ/ペーター

主人公。優しくて純粋な少年。しかしヒトラーの影響で大きく変わっていく。

本当にどこにでもいそうな少年でした。それだけにこの小説の恐ろしさが際立ちます。

アンシェル

ピエロの友人。ユダヤ人。耳が聞こえないが、物語を書くのが上手でよくピエロに読んでもらっていた。

ベアトリクス

ピエロの叔母。孤児になったピエロを引き取る。オーバーザルツベルクのヒトラーの別荘で働いている。

ヒトラー

説明不要かと思います。たまに別荘へ来てペーターをかわいがる。

舞台

場所はすでに書いたようにオーバーザルツベルク、ドイツです。オーストリアとの国境付近ですね。ヒトラーは実際にここにベルクホーフという別荘を構えていましたが、ペーターが住むのはそのベルクホーフです。

時代は1936年~1945年、ピエロ7歳~16歳を3部立てで語られます。

感想

ペーターの狭い世界

ブクログでの感想にも書いたのですが、この物語の舞台は非常に狭いです。ピエロは最初フランスに住んでいるものの、ベアトリクスに引き取られてからはベルクホーフが主要舞台になります。山の上のせいもあってかピエロ自身がそれほどベルクホーフから出ません。いいとこ麓のベルヒテスガーデンくらい。

そんな狭い世界で育ったペーターが、ヒトラーの影響で世界がどうとか語り出すわけです。この物語の狭い舞台は、そのままペーターの狭い視野を表しているように思えます。

ピエロの名前

ピエロはベルクホーフで暮らすにあたり、フランス風の名前はヒトラーに気に入られないだろうからとドイツ風のペーターに変えられてしまいます。

名前というのは古来より呪術的な意味でも重要と考えられていましたし、ヒトはモノに名前をつけることでカテゴライズをしてきました。「千と千尋の神隠し」に出てきた、与えられた名前で生き、元の名前を忘れてしまうと帰れなくなる=自由に行動できなくなるというのはそうした由来があるのでしょう。

この本の主人公も、優しかったフランス人のピエロは忘れられ、ヒトラーに憧れた少年ペーターの人格が形成されていきます。きっとピエロのままだったら、ペーターはこんな風にならなかったのではないでしょうか。

無知と罪

少しだけネタバレになってしまうのですが、話の中ではアウシュヴィッツの建設計画を立てているであろうシーンが出てきます。明言はされていません。そして、何も知らないペーターはその会議に書記として参加し、ほんの少し大人の仲間入りができたと喜びます。歴史を知っている側からするとゾッとする場面でした。

そんな風に、途中までペーターはベルクホーフの外で何が起こっているのかほとんど知りませんでした。それでもペーターの罪が消えることはないと断言しているのがこの物語のすごいところです。

新約聖書では、ペトロは死を免れたいがためにキリストを「知らない」と3度答えます。ペーターは自身の罪をなかったことにしたいがために「子どもだった、知らなかった」と初め言い張ります。しかしそれこそが一番重い罪だと言われ、ペーターは徐々に自分の罪と向き合い、広い世界を見に行くことになるのです。信仰を失った後に反省し、自らの足で歩いていくというのは共通しているように思えます。そういえばペーターはペトロのドイツ語読みですね。

ただ違うのはペトロには「お前は3回私のことを知らないと言う」と彼の弱さを予言してくれた救い主がいたことでしょうか。そのおかげでペトロは信仰の道に戻れましたが、ペーターは全てを失うしかありませんでした。語弊を恐れずに言えば、ペーターの信仰はそれ自体が間違ったものだったからです。残ったのはただ自分の罪だけでした。

少し児童書にしては重すぎる・歴史を知らないとよく理解できない小説ではないのかなと感じました。それでもピエロ少年の変容はそれだけで恐ろしいものがありますし、教科書でヒトラーのことを習うよりもっと身近なこととして捉えられるのかもしれません。