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レビュー:嵐の守り手1

嵐の守り手1.闇の目覚め

嵐の守り手1.闇の目覚め

 

原作はこちら

The Storm Keeper's Island

The Storm Keeper's Island

  • 作者:Doyle, Catherine
  • 発売日: 2020/01/14
  • メディア: ペーパーバック
 

あらすじ

母の心の調子が悪く、フィオンは夏休みを祖父のいるアランモア島で過ごすことになった。憎たらしい姉も一緒だ。島自体もキャンドル職人という祖父も退屈だと感じていたフィオンだったが、島や祖父の秘密を知り、古来より続く島と悪の戦いに巻き込まれていく。

感想

実在するアランモア島を舞台に、非実在の魔法や伝説を組み合わせたYA向けファンタジー。題名に「1」とついているところからも分かるようにシリーズものの第1作となる。3部作らしいが、YAってやたらと3部作が多いような気がする。やっぱり3は魔法の数字なのか?

さて、この小説はいたる所で現実と同じところ、違うところがうまく混ぜ合わせてある。島を意思ある存在として描いているのが面白い。

登場人物数名の名前はアイルランド神話から採られている。小説の状況を簡単にまとめると、悪の魔法使いモリガン軍と善の魔法使いダグザ軍の戦いである。神話ではモリガンとダグザは神とされているが、今作に限っては魔法が使えるただの人間として存在している。

島全体が団結して世界を滅ぼしかねない悪(モリガン)と戦っており、そしてそれを秘密にしているといった具合に舞台設定は壮大なものだ。

しかしこうした舞台設定は恐らくシリーズを通して支える背骨みたいなもので、世界観チラ見せの1作目で重要なのはそこではない。あくまでこのシリーズ1作目は主人公フィオンの成長譚になっている。

愛を知らなかった少年

フィオンは孤独な少年である。生まれる前に父を亡くしたため、父親というものを知らない。父が死んで母は精神がまいってしまった。唯一の姉は自分に嫌味しか言ってこない。

フィオンはフィオンなりに母を愛しているが、相手に伝わっている感覚がない。フィオンの愛はいつも一方通行だ。

そんなわけで物語開始時、フィオンの精神は手負いの獣状態である。初めて降り立った母の生まれ故郷、アランモア島に対してもフィオンは大した興味を抱かない。ここに母はいないし、祖父のキャンドル職人という仕事も退屈に感じていた。そもそもフィオンは泳げないから、海に囲まれた「島」というだけで嫌悪の対象だった。

アランモア島の情景描写はかなり気を使って書かれているように思う。美しくも残酷にも、自然をそのまま残している島だ。花も木も草も海も美しく描かれているが、フィオンの心には何も響かない。

唯一フィオンの心が動いたのは、祖父のキャンドルが実は魔法を込めたものだと分かった時だ。過去や事象を記憶しておける魔法のキャンドル、もしかしたらこの島で生まれ死んでいった父のことを記憶したものがあるかもしれない……。父を知らないフィオンは、そんな思いに執着し悩んでいくことになる。

フィオンの心の流れと並行して、物語は島に眠る宝を探す冒険譚としても展開する。この2本の軸がきれいに絡み合い、結末へ向かっていく。

宝を探すには島の歴史を知る必要があり、そして島の歴史を知ることはフィオンの血筋や家族について知ることでもある。

冒険をしながら、心の葛藤を抱えながら、フィオンは様々な勇気を求められる。自分より強大な敵に立ち向かう勇気、直面したくない事実を知る勇気、そして大切なものを守る勇気。その果てに、フィオンは決して自分が孤独な存在ではなく、父や母から確かに愛されていたことを知る。

冒険を終えたフィオンはもはや手負いの獣などではない。恐怖の象徴であった海を乗り越え、愛と勇気・成功体験と自己肯定感に裏打ちされた自信あふれるヒーロー……は言い過ぎかもしれないが、自分の足でしっかり立てるようになったことは間違いないだろう。

アランモア島の意思

少し珍しいと感じたのは、3部作の第1巻にあたる今作では戦いらしい戦いがほとんど出て来ないところだ。善と悪の戦いを描いた作品であるにも関わらず。

では今作は何だったのかと言うと、「島」が、「選ばれし者」フィオンに、戦えるだけの準備をさせる話だったのではないかと思う。現に島はフィオンのために掟も破るし特別に手助けしてあげるし破格の待遇である。島が人間だったら完全に世話焼き系幼馴染ではないか。

ともかく、フィオンはやっと物語の主人公としてスタートラインに立ったばかり。2巻目以降の成長が楽しみである。 

著者について

キャサリン・ドイル Catherine Doyle

西アイルランド生まれ。YA小説を主に書いている。今作"The Storm Keeper's Island"は20か国語に翻訳・出版されている。2巻目は2019年、3巻目が今年刊行予定。小説の舞台アランモア島は著者の祖父母の故郷でもある。

村上 利佳(翻訳)

大学で英米文学を学ぶ。児童書を中心に翻訳家として活躍中。