レビュー:夜ふけに読みたい数奇なアイルランドのおとぎ話
ジャンル:民話、童話、神話
ページ:253
あらすじ
アイルランドで最も有名な猫「パングル・バーン」の詩から始まり、昔から伝わる民話を紹介する部とケルト神話から有名な英雄フィン・マク・クウィルの半生を描く部の2部構成。
収録話は以下
・猫のパングル・バーン(詩)
・小さな白い猫
・ものぐさな美しい娘とおばさんたち
・ヤギ皮をまとう少年
・金の槍
・語れなくなった語り部
フィン・マク・クウィルの物語
・カレルの子トゥアンの物語
・フィンの少年時代
・ブランの誕生
・オシーンの母
その他、コラム的に修道士と猫パングルの会話が挟まれている。
感想
「夜更けに読みたい○○のおとぎ話」シリーズ3作目。前2作はイギリスの話を収録していたようだが、今作は訳者も書いている通り海を越えアイルランドの話になっている。原本はなく、文献から編集して子ども向けにリライトした感じの本である。
挿絵は童話やアーサー王物語で有名なアーサー・ラッカム。
アイルランドらしい話
にわか丸出しの私がこう言い切っていいものなのか悩むが、アイルランドっぽい・らしく見える話が採用されていると感じる。妖精が出てきたり、人魚が出てきたり。ふと異界に足を踏み入れる、3回の試練が与えられるといった話運びはいかにも民話らしい。話の展開にハラハラドキドキするというよりは不思議な世界観とリズム感を楽しむものかもしれない。そうした意味では夜、寝る前の読書に最適な1冊である。
採用された話はどれも有名なので、聞き馴染みのあるものも多いんじゃないだろうか。例えば巻頭詩に出てくるパングル・バーンはアニメ映画『ブレンダンとケルズの秘密』でも登場している。
口伝と語り部
やや意外なことに、この本は読み聞かせ用としても書かれている。目次にそれぞれ読み聞かせの難易度が示されているのだ。正直、地名や人名だけで最高難易度ではないか……?と思いつつ、なるほどアイルランド民話にはぴったりかもしれない。
アイルランドは文字記録より主に口伝で物語を継承してきたと言われている。物語を聞かせてくれる語り部は小説"The Cruelty Men"でもメインテーマの1つにされていた。この本でも語り部を主人公とした民話が収められている。アイルランドにおいて物語は読むものでなくみんなで集まって耳を傾けるものだった、のかしらん。
今伝わっている物語は文字に残された時点で相当外部文化の影響が入ってきてしまっていたそうだが、読み聞かせることで雰囲気をより味わえるかもしれない。
フィン・マク・クウィルの半生
後半収められているフィンの物語はさすが面白い。ケルト神話の中で人気があるのも頷ける。アクションたっぷり、冒険活劇である。
選ばれし者としての青少年期、課される試練…と英雄らしい活躍が描かれる。ただ華々しいまま終わらないのがケルト神話というのか。老年期のフィンはある意味英雄らしからぬ行動もしてしまうのだが、この本ではそこまでの話が収録されていない。英雄フィン・マク・クウィルだけを存分に楽しむことができる。どちらかと言えば入門編的なこの本で青年フィンまでの収録にとどめたのは英断だったと思う。
著者について
長島真以於(監修):東京大学大学院在籍。中世アイルランド語文学における西洋古典受容などを主に研究している。
加藤洋子(編訳):東京女子大学卒業。翻訳者として活躍。
吉澤康子(編訳):津田塾大学卒業。翻訳者として活躍。本シリーズ第1作・第2作も翻訳を手掛ける。
和爾桃子(編訳):慶応義塾大学中退。翻訳者として活躍。本シリーズの翻訳も手掛けている。