6&4

アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

レビュー:Irish Fairy Tales Myths & Legends

ジャンル:民話、神話

ページ:256

あらすじ

アイルランドで昔から語り継がれている民話、そして神話をわかりやすくリライトした民話・神話集。ハロウィーンで有名なジャック・オー・ランタンの成り立ちや銀腕のヌアザ、クー・フーリン、フィン・マク・クウィルの物語まで収録したアイルランドオールスターズ感たっぷりの1冊。

収録話は以下

民話より

・The King's Secret(王様の耳はロバの耳)

・King Corc and his Daughter

・The Twelve Wild Geese(『野の白鳥』類話)

・The Lazy Beauty and her Aunts

・The Lady of Gallarus(ゴルラスの婦人)

・The Legend of Bottlehill

・Jack and the Man in Black(ジャック・オー・ランタン)

 

神話サイクルより

・Nuada of the Silver Arm(銀腕のヌアザ)

・Balor of the Evil Eye(魔眼のバロール)

・The Children of Lir(リルの子どもたち)

 

アルスターサイクルより

・The Hound of Cullan(クランの犬)

・Cúchulainn and Emer(クー・フーリンとエマー)

・The Cattle Raid of Cooley(クーリーの牛争い)

 

フィンサイクルより

・Fionn and the Salmon of Knowledge(フィンと知識の鮭)

・Fionn and the Fire Demon of Tara(フィンと炎の悪魔)

・The Giant's Causeway(ジャイアンツ・コーズウェイ)

・The Birth of Oisín(オシーンの誕生)

・Oisín in Tír na n-Óg(常若の国のオシーン)

*引用の内()内は本記事執筆者追記

感想

読みやすさ抜群

正直言って、アイルランド神話は分かりづらい。興味を持ったところで何から入ればいいのか、どれを読めばいいのか。何となく断片的には知っているが、全体を把握できなくてもどかしいような気持ちになる。

この本はトゥアハ・デー・ダナンのアイルランド島上陸から、支配権を握り異界(地下)へ追いやられるまでを一貫した流れで描いてくれている。他にもクー・フーリンやフィン・マク・クウィルの人生のハイライト部分をうまい具合に並べて収録している。

最初に書いたような気持ちであった私にとって、この本は最適だったように思う。もちろん、現代読者に分かりやすいよう体裁を整えたり、若干変えたりしている部分もあるだろう。これを読んで本当(?)のアイルランド神話と受け取ってしまうのは危険だと思っている。

しかし読み物として、アイルランド神話の輪郭を理解するためとして、この本はとても良かった。歴史サイクル以外の各サイクルから有名な話を紹介してくれているし、登場人物が活き活きしていて楽しい。恐らくアイルランド神話を何も知らない状態で読んでも楽しめるのではないだろうか。他の話も同じ著者で出してほしい。

著者の解説が楽しい

それぞれの話の前には著者による紹介・解説が挿入されている。落語の枕みたいなもので、これが面白かった。

話のあらましはもちろんとして、類似のおとぎ話やアイルランドでどのように紹介されてきたのかを語ってくれる。オシーンの話で日本の浦島太郎が類似話として紹介されていたのは意外だった。海外で浦島太郎はそんなに知名度があるのだろうか。

著者について

Kieran Fanning

小説家・教師。子ども向けのフィクションを執筆している。

EASON NOVEL OF THE YEAR 2020ショートリスト

An Post Irish Book Awardsの1部門である、EASON Novel of the Year。

Easonはアイルランドの大手書店(兼雑貨店のような)。ECサイトも持っており、そこではBook of the Monthと称して新刊に力を入れて紹介したり、Bookclubが選りすぐりの1冊を紹介したりするなど本の販促を行っている。(Easonサイト

この部門ではおそらくEasonの選んだオススメ本、という立ち位置でノミネートが決まっている。ジャンルが限定されていないせいか、幅広い内容のものが選ばれているのも特徴的。

2020年も多様な小説が選ばれているが、家族や社会を切り取った作品が多い印象だろうか。

*An Post Irish Book Awardsについては↓記事冒頭

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受賞作品

STRANGE FLOWERS(by DONAL RYAN)  

Strange Flowers: The Number One Bestseller (English Edition)
 

ジャンル:歴史、家族

ページ:208

あらすじ:1973年、20歳のMollは家からバスに乗り、そして行方不明になった。両親が娘の生存を諦めかけた5年後、Mollは戻ってきた。しかし彼女はどこかが「変わって」しまっていた。

著者:ティペラリー出身。様々な賞をとっている。デビュー作"The Spinning Heart"(邦題『軋む心』)や"From a Low and Quiet Sea"でブッカー賞ロングリスト入りを果たしている。他、大学にて創作小説の講座で教鞭をとっている。

"From a Low and Quiet Sea"は以前感想を書いた。(レヴュー:From a Low and Quiet Sea - 6&4)海の描写が美しく、それだけで読んだ意味があったと思ったのを覚えている。

今回もキャラクターの心情に寄り添った描写が目立つ。あらすじだけ見るとミステリー要素が多く思えるが、書き出しからして娘を唐突に理不尽に失った両親の悲しみ溢れる心情が綴られている。

ノミネート作品

ACTRESS(by ANNE ENRIGHT) 

ジャンル:母娘、女優

ページ:265

あらすじ:Norahの母は伝説の女優だった。小さな劇場からハリウッドにまで上り詰めたのだ。しかし母のキャリアには暗い秘密が隠されていた。Norahは自身も妻に、そして母親になる中で母の人生を振り返っていく。

著者:ダブリン生まれ・在住。2007年にブッカー賞を受けている。小説の他、ノンフィクションも書く。

かつてのスターを見つめるその娘、といった構図だろうか。Norahの1人称で進んでいく物語は、やたらと人の目を気にしている気がする。スターだった時や今の母の様子を聞いてくる周りの人、そして母の視線。1番身近だったから知っている、あるいは知らない伝説の女優の真実。女優だった母を見つめるNorahを表した表紙が象徴的である。

THE WILD LAUGHTER(by CAOILINN HUGHES) 

The Wild Laughter (English Edition)

The Wild Laughter (English Edition)

 

ジャンル:家族、ケルトの虎

ページ:208

あらすじ:時は2008年。長年続いた好景気「ケルトの虎」は終わりを迎えていた。多くの人が始まった不景気に苦しむ中、Black兄弟もまた経済的危機に瀕していた。当時の人々や国家を鋭い視線で切り取った作品。

著者:"Orchid & the Wasp"でデビュー。数々の賞にノミネート・受賞する。また短編で2019年オー・ヘンリー賞も受けている。"The Wild Laughter"が2作目。

本部門以外にもう1部門でもノミネートされている。

デビュー作"Orchid & the Wasp"は読んだことがある。内容が非常に難解だったが面白かったし、色々と考えさせられる小説だった。今作主人公は捻くれた感じの性格で、一見とても読みづらそうな雰囲気満載である。けれど読み切った先に得るものは多いんだろうな、と思えるくらい個人的には信頼している作家さん。

AS YOU WERE(by ELAINE FEENEY) 

As You Were (English Edition)

As You Were (English Edition)

 

ジャンル:家族、病気、余命

ページ:400

あらすじ:Sinéadは意欲的な不動産デベロッパー……だった。致命的な病気が見つかり、彼女はそれを夫にも子どもにも打ち明けられないまま4人部屋に入院することになる。Sinéadは同室の患者と知り合い、それぞれの人生を知っていく。

著者:詩人。大学で教鞭もとっている。今作が小説デビュー作。

小説デビュー作とはいえ、ほぼ散文詩に近いような作品である。過度に開けられた段落間と、時々出てくるやたら長い段落が特徴的。まるで主人公の絶望と混乱がそのまま形として出てきているかのようだった。

THE PULL OF THE STARS(by EMMA DONOGHUE) 

The Pull of the Stars: A Novel (English Edition)

The Pull of the Stars: A Novel (English Edition)

 

ジャンル:歴史、病気

ページ:295

あらすじ:1918年、戦争と病気によって荒廃したアイルランド。Juliaは市の中心部にある病院で看護師として働いていた。そこでは新型インフルエンザにかかった妊婦は隔離されることになっている。人手が足りない中懸命に働くJuliaの元に、警察に追われていると噂の人物がやってくる。生と死を巡る3日間の物語。

著者:ダブリン生まれ。ケンブリッジオンタリオで過ごす。歴史モノから現代モノまで幅広く執筆している。

あらすじだけでも相当な衝撃を受ける。雨のシーンから始まるのが情緒的。しかしなんともタイムリーな話題の小説である。

HAMNET(by MAGGIE O'FARRELL)

ジャンル:歴史フィクション、シェイクスピア

ページ:372

あらすじ:シェイクスピアの『ハムレット』と亡くなった息子ハムネットを巡る歴史フィクション。1580年代、アグネスはストラドフォード=アポン=エイヴォンに夫と3人の子どもと暮らしていた。息子の1人、ハムネットが11歳で亡くなると、その4年後、夫はある1本の戯曲を作った。

著者:エディンバラ在住。これまでに8冊の本を出している。

シェイクスピアの魅力は時代を経ても共通する人間の心を映し出した戯曲の他に、本人や執筆状況に謎が多いことだと思っている。イギリス文学を読むうえではもはや知らなければお話にならないレベルの人であるが、それを真っ向から取り上げて物語っていくのはとても興味がある。読んでみたい。

 

受賞作品は11月中旬~下旬頃発表。例年通りなら20日~25日前後だろうか。

レビュー:嵐の守り手1

嵐の守り手1.闇の目覚め

嵐の守り手1.闇の目覚め

 

原作はこちら

The Storm Keeper's Island

The Storm Keeper's Island

  • 作者:Doyle, Catherine
  • 発売日: 2020/01/14
  • メディア: ペーパーバック
 

あらすじ

母の心の調子が悪く、フィオンは夏休みを祖父のいるアランモア島で過ごすことになった。憎たらしい姉も一緒だ。島自体もキャンドル職人という祖父も退屈だと感じていたフィオンだったが、島や祖父の秘密を知り、古来より続く島と悪の戦いに巻き込まれていく。

感想

実在するアランモア島を舞台に、非実在の魔法や伝説を組み合わせたYA向けファンタジー。題名に「1」とついているところからも分かるようにシリーズものの第1作となる。3部作らしいが、YAってやたらと3部作が多いような気がする。やっぱり3は魔法の数字なのか?

さて、この小説はいたる所で現実と同じところ、違うところがうまく混ぜ合わせてある。島を意思ある存在として描いているのが面白い。

登場人物数名の名前はアイルランド神話から採られている。小説の状況を簡単にまとめると、悪の魔法使いモリガン軍と善の魔法使いダグザ軍の戦いである。神話ではモリガンとダグザは神とされているが、今作に限っては魔法が使えるただの人間として存在している。

島全体が団結して世界を滅ぼしかねない悪(モリガン)と戦っており、そしてそれを秘密にしているといった具合に舞台設定は壮大なものだ。

しかしこうした舞台設定は恐らくシリーズを通して支える背骨みたいなもので、世界観チラ見せの1作目で重要なのはそこではない。あくまでこのシリーズ1作目は主人公フィオンの成長譚になっている。

愛を知らなかった少年

フィオンは孤独な少年である。生まれる前に父を亡くしたため、父親というものを知らない。父が死んで母は精神がまいってしまった。唯一の姉は自分に嫌味しか言ってこない。

フィオンはフィオンなりに母を愛しているが、相手に伝わっている感覚がない。フィオンの愛はいつも一方通行だ。

そんなわけで物語開始時、フィオンの精神は手負いの獣状態である。初めて降り立った母の生まれ故郷、アランモア島に対してもフィオンは大した興味を抱かない。ここに母はいないし、祖父のキャンドル職人という仕事も退屈に感じていた。そもそもフィオンは泳げないから、海に囲まれた「島」というだけで嫌悪の対象だった。

アランモア島の情景描写はかなり気を使って書かれているように思う。美しくも残酷にも、自然をそのまま残している島だ。花も木も草も海も美しく描かれているが、フィオンの心には何も響かない。

唯一フィオンの心が動いたのは、祖父のキャンドルが実は魔法を込めたものだと分かった時だ。過去や事象を記憶しておける魔法のキャンドル、もしかしたらこの島で生まれ死んでいった父のことを記憶したものがあるかもしれない……。父を知らないフィオンは、そんな思いに執着し悩んでいくことになる。

フィオンの心の流れと並行して、物語は島に眠る宝を探す冒険譚としても展開する。この2本の軸がきれいに絡み合い、結末へ向かっていく。

宝を探すには島の歴史を知る必要があり、そして島の歴史を知ることはフィオンの血筋や家族について知ることでもある。

冒険をしながら、心の葛藤を抱えながら、フィオンは様々な勇気を求められる。自分より強大な敵に立ち向かう勇気、直面したくない事実を知る勇気、そして大切なものを守る勇気。その果てに、フィオンは決して自分が孤独な存在ではなく、父や母から確かに愛されていたことを知る。

冒険を終えたフィオンはもはや手負いの獣などではない。恐怖の象徴であった海を乗り越え、愛と勇気・成功体験と自己肯定感に裏打ちされた自信あふれるヒーロー……は言い過ぎかもしれないが、自分の足でしっかり立てるようになったことは間違いないだろう。

アランモア島の意思

少し珍しいと感じたのは、3部作の第1巻にあたる今作では戦いらしい戦いがほとんど出て来ないところだ。善と悪の戦いを描いた作品であるにも関わらず。

では今作は何だったのかと言うと、「島」が、「選ばれし者」フィオンに、戦えるだけの準備をさせる話だったのではないかと思う。現に島はフィオンのために掟も破るし特別に手助けしてあげるし破格の待遇である。島が人間だったら完全に世話焼き系幼馴染ではないか。

ともかく、フィオンはやっと物語の主人公としてスタートラインに立ったばかり。2巻目以降の成長が楽しみである。 

著者について

キャサリン・ドイル Catherine Doyle

西アイルランド生まれ。YA小説を主に書いている。今作"The Storm Keeper's Island"は20か国語に翻訳・出版されている。2巻目は2019年、3巻目が今年刊行予定。小説の舞台アランモア島は著者の祖父母の故郷でもある。

村上 利佳(翻訳)

大学で英米文学を学ぶ。児童書を中心に翻訳家として活躍中。

THE LOVE LEABHAR GAEILGE IRISH LANGUAGE BOOK OF THE YEAR 2019ショートリスト

An Post Irish Book Awardsのアイルランド語部門。ノミネートは全てアイルランド語で書かれたものに限られる。

昨年はケルト神話を現代語訳したものが2つノミネートされており、内「マグ・トゥレドの戦い」を書いたものが受賞した。今年は歴史を題材にしたものが選ばれてはいるものの、古典翻訳は1作もない。

創設されて2年目のこの部門。アイルランド語は古典を語り直すだけではないのだと主張しているようで面白い。

An Post Irish Book Awardsについては↓

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受賞作品

TAIRNGREACHT(Údar PRIONSIAS MAC A’BHAIRD)

ジャンル:ミステリー、キリスト教

ページ:300

あらすじ:Chonchúir Uí Bhraonáinはローマで殺人事件の目撃者となってしまう。そのせいで命を狙われるChonchúirだが、その裏にはキリスト教の根幹に関わる預言が隠されていた。

著者:ドニゴール出身。詩や劇、ヤングアダルトから短編小説など幅広く執筆する。

作品名"Tairngreacht"は「預言」の意。あらすじだけ読んでダン・ブラウンのようだと思っていたらAn Post Irish Bool Awardsの紹介文にも同じように書いてあった。こういう歴史系ミステリーすごく好きなのでいずれアイルランド語がもっと上達したら読みたい。

ノミネート作品

AN TROMDHÁMH(Údar FEARGAL Ó BÉARRA)

ジャンル:古典、風刺

ページ:100

あらすじ:中世頃に書かれた"Tromdhámh Guaire"の現代語訳。グアレ王の元に吟遊詩人が来て……という筋。『クアルンゲの牛捕り』再発見の物語でもある。

著者:メイヨー出身。ゴールウェイとドイツで学んだ後、世界各国で研究をしている。

現代語訳というよりは語り直しだろうか。"Tromdhámh Guaire"の適切な日本語が見つからなかった……。舞台設定は7世紀頃。

CITÍ NA GCÁRTAÍ(RÉALTÁN NÍ LEANNÁIN)

ジャンル:歴史、戦争

ページ:179

あらすじ:Katarinaが結婚したのはアイルランド人だった。夫は英国軍人として戦争に参加し、いずれアイルランド島が統一される日を夢見ていた。

著者:ベルファスト生まれ、ダブリン在住。詩や短編小説を発表し、今作が初の長編小説。

著者自身の祖父と祖母をモデルにした歴史フィクション。当時英国軍に参加したアイルランド人はそれなりにいたらしい。

MAR A BHÍ AR DTÚS(by JOE STEVE Ó NEACHTAIN)

ジャンル:自伝

ページ:283

あらすじ:著者の過去を綴った自伝。特に隣人について語る。

著者:1969年から執筆を始める。ラジオドラマや小説で数々の賞をとっている。2020年死去。

本の情報が少なすぎる。著者は1942年生まれ、ノスタルジックな表紙。

GRÁINNE GAISCÍOCH GAEL(by SIOBHÁN PARKINSON)

ジャンル:歴史

ページ:224

あらすじ:アイルランドでも有名な女海賊、グレース・オマリー。彼女は勇猛でかっこいい存在として描かれることが多いが、今作では母として女性として、より人間的な側面を描き出している。

著者:ダブリンで生まれゴールウェイで育つ。子ども向けから大人向けまで幅広く書く。英語・アイルランド語両方で執筆。

グレース・オマリーは16世紀に実在した人物。エリザベス1世とのやり取りが有名だが、人生や人となりは分かっていないことが多い。ただアイルランドでは学校でも教わる等大人気の人物でもある。

GÁIRE IN ÉAG(by SEÁN Ó MUIREAGÁIN) 

ジャンル:短編、北アイルランド問題

ページ:156

あらすじ:北アイルランド問題が激化していたベルファストを舞台にした短編集。4編おさめられている。北アイルランド問題を通して人間の内面を描いた作品。

著者:ベルファスト出身。本人のTwitterアカウントにも詳細なプロフィールはないが、イスラエルIRAと間違えられ捕まっていたらしい。

アイルランド語で書かれた本がAmazonで販売されているのは珍しい。まるで犯罪小説のようなハラハラ感との触れ込みであり、表紙もそんな感じの雰囲気である。

レビュー:夜ふけに読みたい数奇なアイルランドのおとぎ話

夜ふけに読みたい数奇なアイルランドのおとぎ話

夜ふけに読みたい数奇なアイルランドのおとぎ話

  • 発売日: 2020/02/27
  • メディア: 単行本
 

ジャンル:民話、童話、神話

ページ:253

あらすじ

アイルランドで最も有名な猫「パングル・バーン」の詩から始まり、昔から伝わる民話を紹介する部とケルト神話から有名な英雄フィン・マク・クウィルの半生を描く部の2部構成。

収録話は以下

・猫のパングル・バーン(詩)

・小さな白い猫

・ものぐさな美しい娘とおばさんたち

・ヤギ皮をまとう少年

・金の槍

・語れなくなった語り部

フィン・マク・クウィルの物語

 ・カレルの子トゥアンの物語

 ・フィンの少年時代

 ・ブランの誕生

 ・オシーンの母

その他、コラム的に修道士と猫パングルの会話が挟まれている。

感想

「夜更けに読みたい○○のおとぎ話」シリーズ3作目。前2作はイギリスの話を収録していたようだが、今作は訳者も書いている通り海を越えアイルランドの話になっている。原本はなく、文献から編集して子ども向けにリライトした感じの本である。

挿絵は童話やアーサー王物語で有名なアーサー・ラッカム。

アイルランドらしい話

にわか丸出しの私がこう言い切っていいものなのか悩むが、アイルランドっぽい・らしく見える話が採用されていると感じる。妖精が出てきたり、人魚が出てきたり。ふと異界に足を踏み入れる、3回の試練が与えられるといった話運びはいかにも民話らしい。話の展開にハラハラドキドキするというよりは不思議な世界観とリズム感を楽しむものかもしれない。そうした意味では夜、寝る前の読書に最適な1冊である。

採用された話はどれも有名なので、聞き馴染みのあるものも多いんじゃないだろうか。例えば巻頭詩に出てくるパングル・バーンはアニメ映画『ブレンダンとケルズの秘密』でも登場している。

口伝と語り部

やや意外なことに、この本は読み聞かせ用としても書かれている。目次にそれぞれ読み聞かせの難易度が示されているのだ。正直、地名や人名だけで最高難易度ではないか……?と思いつつ、なるほどアイルランド民話にはぴったりかもしれない。

アイルランドは文字記録より主に口伝で物語を継承してきたと言われている。物語を聞かせてくれる語り部は小説"The Cruelty Men"でもメインテーマの1つにされていた。この本でも語り部を主人公とした民話が収められている。アイルランドにおいて物語は読むものでなくみんなで集まって耳を傾けるものだった、のかしらん。

今伝わっている物語は文字に残された時点で相当外部文化の影響が入ってきてしまっていたそうだが、読み聞かせることで雰囲気をより味わえるかもしれない。

フィン・マク・クウィルの半生

後半収められているフィンの物語はさすが面白い。ケルト神話の中で人気があるのも頷ける。アクションたっぷり、冒険活劇である。

選ばれし者としての青少年期、課される試練…と英雄らしい活躍が描かれる。ただ華々しいまま終わらないのがケルト神話というのか。老年期のフィンはある意味英雄らしからぬ行動もしてしまうのだが、この本ではそこまでの話が収録されていない。英雄フィン・マク・クウィルだけを存分に楽しむことができる。どちらかと言えば入門編的なこの本で青年フィンまでの収録にとどめたのは英断だったと思う。

著者について

長島真以於(監修):東京大学大学院在籍。中世アイルランド語文学における西洋古典受容などを主に研究している。

加藤洋子(編訳):東京女子大学卒業。翻訳者として活躍。

吉澤康子(編訳):津田塾大学卒業。翻訳者として活躍。本シリーズ第1作・第2作も翻訳を手掛ける。

和爾桃子(編訳):慶応義塾大学中退。翻訳者として活躍。本シリーズの翻訳も手掛けている。

WRITING.IE SHORT STORY OF THE YEAR 2019ショートリスト

An Post Irish Bool Awardsの短編小説部門。詩の部門に引き続き、こちらもHP上で全文公開されている。

www.writing.ie

今年はジャンルも作風も様々で読んでいて面白かった。すごく読みやすいのと全く理解ができない(英語的にも内容的にも)ものの両極端だった気がする。個人的には"Balloon Animals"が良かった。他、受賞作品は文句なく面白いし、"The Lamb"も好きな内容。

An Post Irish Bool Awardsについては↓

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受賞作品

Parrot(by Nicole Flattery)

ジャンル:不倫、継親

あらすじ:その「女性」は不倫の末、今の夫と結婚した。ダブリンに居づらさを感じた夫婦はパリに引っ越してくる。女性はパリで懸命に生きようとするが、継子となった9歳の少年が日々問題を起こして学校へ呼び出されるのだった。

作中で固有名が出てくる人物は1人もいない。主人公の「woman(女性)」はどこにでもいる、私かもしれない人物なのだろう。花の都パリの優雅さ、華々しさに対する、女性のひたすら鬱屈した心理描写が秀逸だった。

著者:ウェストミース出身、ゴールウェイ在住。複数誌で小説を発表している。

ノミネート作品

Mother May I(by Amy Gaffney)

ジャンル:精神、妊娠、フェミニズム

あらすじ:カウンセリング室の椅子はMaggieにとって電気椅子のように感じられた。自分は何者になりたいのか分からないまま結婚し、実母にも継母にも孫の顔を見せろと言われ続ける彼女のもやもやした心情を描く。

軽い語り口で書かれていて読みやすい。古い女性観のもとで育てられた主人公は結局、何にもなれず、何になりたいという望みも持てなくなってしまう。しかしこの「何者にもなれないし、なりたい像もない」というのは共感性が非常に高かったなあ。

主人公が話の途中で語るアイルランド(人)観がおもしろかった。

Everyone in Ireland thinks inside of Ireland, about Ireland, about what people think of Ireland. No one likes to rock the boat. They can’t see things differently – they’re always trying to fix things they think are not normal.

どこの国も似たようなものなのかもしれない。

著者:キルデア出身。16歳で出産し、その後大学で文学を修める。詩を中心に書いている。

The Lamb(by Andrea Carter)

ジャンル:同窓会、恋愛、サイコホラー

あらすじ:主人公は海外からはるばるアイルランドまで同窓会のために戻って来た。懐かしい街並みを歩きながら、過去に亡くなった親友のことを思い出す。

恐らくノミネート作品の中で一番文章量は少なかったのではないか。最初は全体像が把握できないまま話が進んでいき、ラストで一気に全容解明、なだれ込むようなラストの展開と犯罪小説作家らしい話運びだった。

著者:トリニティカレッジで法律を学ぶ。犯罪小説を主に執筆している。

Balloon Animals(by Laura-Blaise McDowell)

ジャンル:誘拐、動物愛護

あらすじ:ある日遅い時間に、主人公の目の前で同僚が殺された。何が起きたのか理解できないまま犯人は逃走し、次に見知らぬ男2人がやってきて同僚の遺体と主人公を連れ去ってしまう。

伊坂幸太郎の雰囲気があった。主人公はわざとなのか天然なのか、空気を読まずに誘拐犯へ話し続ける。起こっていることは血なまぐさいのに、主人公の話術のおかげでどこかひょうきんで軽い読み口だった。

著者:Creative Writingで修士号をとる。様々な出版物で作品を発表している。

Sparing the Heather(by Louise Kennedy)

ジャンル:恋愛、人間

あらすじ:Maireadはだんだん自分の家が自分のものでなくなるような感じがしていた。牧歌的な土地を背景に人間模様を描く。

こういう作品は理解が難しい。女性が貧乳と明言されているのは海外小説の中では大分珍しいような気がする。

著者:スライゴ在住。Banshee他、複数の文芸誌に作品を発表している。

A Real Woman(by Orla McAlinden)

ジャンル:懺悔、結婚、女性

あらすじ:ある神父の元に、おかしな男がやってくる。男は神父に懺悔を行い、それの証明書を発行してほしいと言ってとんでもない話をし出した。

恐ろしすぎて自分の誤読じゃないかと疑いたくなる内容だった。人物描写が巧みであるし、地の文で神父は「You」と呼ばれるので自分が神父の横に座って男の懺悔を聞いているような臨場感がある。

著者:短編小説で主に活躍。受賞歴も。

レビュー:Tatty

Tatty

Tatty

 

*リンク先はオーディオブック版

あらすじ

Tattyは父と母と5人の姉弟と暮らしていた。酒に依存する両親、障がいを持つ妹、手のかかる弟たちに、時々うんざりしながらもTattyはそれなりに生きていた。子どもの目線から1960年代のアイルランドの家庭とアルコール依存症を描く。

感想

今作は2020年の Dublin One City One Bookに選ばれたものだ。一種のお祭りのようなもので、ダブリンに関連した小説を毎年4月にみんなで読もうというイベントである。2007年から始まったこのイベントも今年で13回目。新型コロナウイルスの影響で朗読会などの企画がオンラインに切り替わったり中止になったりしたのが残念ではあったものの、選ばれた"Tatty"は間違いなく素晴らしい作品だった。

 

さて、この小説は主人公「Tatty」の、4歳から14歳までを描いたものである。もちろんTattyは本名ではない。Carolineという可愛らしい名前があるのに、家族は誰もその名で呼ばない。

名は体を表すというのか、Tattyは段々と両親から汚れ仕事を押し付けられるようになる。姉弟の世話、家事、挙げ句の果てに寄宿学校へ行かせられることになってしまう。寮生活で良い教育を受けるためと言えば聞こえはいいが、実際のところは家からの追放だった。学費を出してくれたのは両親のせめてもの良心か。

 

嫌々ながら寮生活を始めたTattyは、しかし、そこで自由を獲得する。姉弟の面倒も見なくていいし、同級生も先生もTattyを本名で呼んでくれる。

この小説にTattyの心理描写はほとんどない。姉弟の世話を押し付けれ、母親からどんな理不尽なことを言われようと、ただ地の文は淡々とTattyの日々を綴っていく。Tatty自身はエクスクラメーションマークを多用してしゃべるちょっぴり騒がしそうな女の子だ。それでも落ち着いた印象を受けるのは地の文と会話文の区別がつけられていないからかもしれない。

 

淡々とした文章を心地よく感じながら読み進めていくと、いつの間にかTattyにものすごく感情移入していることに気がつく。これは自分でも不思議だった。特に寄宿学校に入ってから活き活きと過ごす様子に嬉しくなる。本当は本人があまり喜んでいないTattyという呼称も使いたくない。わかりやすさより本心を優先するなら、Carolineと呼びたい。

逆に、長期休暇でTattyが家に帰って来て、母親から「寄宿学校に行ってから太った、贅沢なものを食べているのでは」と叱られた時は、出来るならTattyを抱きしめたくなった。家だとTattyはろくに食事も摂らせてもらえず、学校で出る食事を食べてやっと健康的な体形になれたのだ。

小説を読み終わった今でも、1960年代に生きたこの少女の人生が幸せに満ち溢れたものであるように願ってやまない。読み進めるうちにTattyは私の中で生きた人間となったのだと思う。

 

Tattyはあの時代・あの場所に生きた「語られることのない人たち」の象徴だ。彼女のように自身の幸せを犠牲に家族へ尽くした人々が当時それなりにいたのだろう。アルコール依存症の両親、数の多い姉弟。家のことをしなければならないから学校には行けないし、家の中でもないがしろにされがち。

死んでしまうほど不幸なわけではないが、幸せでもない。彼らは何者でもない。後世、歴史が語られる中ではまず取り上げられることのない人たちにこうしてスポットライトを当てられるのは、小説ならではだろう。

Tattyはフィクションである。けれど、この中には確かに当時生きていた人々の苦しみや喜び、人生そのものが写し出されている。同じように何者でもない私が彼らに感情移入したのは必然だったのだと思う。

著者について

Christine Dwyer Hickey

1960年ダブリン生まれ。ダブリンを舞台に家族を描いたダブリン三部作が有名。ジェイムズ・ジョイスヴァージニア・ウルフから影響を受けたと公言している。