6&4

アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

紹介:The Great Shame

本情報

The Great Shame: And the Triumph of the Irish in the English-Speaking World

The Great Shame: And the Triumph of the Irish in the English-Speaking World

 

ジャンル:歴史、ノンフィクション

ページ:768

あらすじ

19世紀のアイルランドでは人口が半減した。飢饉、アメリカやオーストラリアへの移住。当時の人々は移住した先でどのような人生を送っていたのか。『シンドラーのリス』原作者が1次資料からまとめた歴史本。

試し読みしての感想

試し読み分量が多い

ツイッターでも時々泣き言をもらしていましたが、本当に試し読みの分量が多いです。体感で、amazonの試し読みはだいたい本文の3~5%程度が公開されている気がします。今作は768ページの大作なのでその分、試し読み分量も多かったのですね。

ただ、試し読みが多いということはその分、文章の雰囲気とかはとても把握できて良心的でした。

ひたすら事実を述べる

そんなスタイル。元々、アイルランドの歴史なり出来事なりを事前知識として持っていたので、記述されたことに対しては「ああ、あれか」と本文を読む手助けになりました。逆に言えば教科書的というか。○○の出来事があった、××の資料によると~と記されている。といったような記述が続きます。乱暴な言い方をするなら事実の羅列です。作者の主観があまり入り込まないので、すっきりして読みやすい文章ですね。

歴史を取り扱う内容からか、多少専門用語があって難しい単語はやや多い印象でした。

著者について

Thomas Keneally(トマス・キニーリー)

オーストラリア出身。先述しましたが、映画『シンドラーのリスト』の原作"Schindler's Ark"の作者です。これでブッカー賞も受賞されてますね。

今作ではアイルランドの移住先としてオーストラリアの比重大きめで描写されています。著者がオーストラリア出身だったからなんでしょうか。他に"Now and in Time to Be"という本でもアイルランドを取り扱っており、そのあらすじによると著者の家系がアイルランドからの移民だそうです。全然知らずに読んでました。それともどこかに記述あったのかしらん。

レヴュー:From a Low and Quiet Sea

本情報・あらすじ

From a Low and Quiet Sea: A Novel

From a Low and Quiet Sea: A Novel

 

ジャンル:家族、人生

ページ:192

あらすじ:3人の男がいた。1人は戦争で何もかもを失い、1人は恋に破れ、1人は死を間際に告解していた。過ごした人生も性格も何もかも違う3人だが、それぞれの道は思わぬところで交わっていくことになる。3人を各々主人公に据えた3章と、最後に物語が収束する1章の全4章構成。ブッカー賞ロングリスト入り。

登場人物

Farouk(ファールーク)

1章主人公。名前はアラビア系によく見られるもので、「救世主」「善悪の裁定者」という意味があるそうです。

シリアで医者として働いていました。妻と娘と共に戦火から逃れようとしたものの、待っていたのは悲しい運命でした。

他の方もレビューで書いていましたが、1章の完成度はとても高いように思えます。主人公の目を通して見る世界は悲しくも美しいものでした。

Lampy(ランピー)

2章主人公。チャラチャラした雰囲気がぷんぷんします。Chloe(クロエ)という女性に恋をしていますが、あまり相手にされている感じがありません。他にも数人、女性の名前が2章には出てくるので若干人間関係がわかりづらいです。

John(ジョン)

3章主人公。3章は全体が、死を前にしたジョンの懺悔という形をとっています。優秀すぎる兄をもった彼が、どのような人生を歩んできたのか。個人的には一度神への不信を抱いた彼が、なぜ懺悔し神に呼び掛けるようになったのか気になってぐいぐい読めました。

感想

浅く、凪ぐ海

まずタイトルが良いですよね。エモ~な感じがありつつノスタルジック、そしてどことなく死の匂いがします。脱線しますが、世界の神話で死の世界や異世界ってだいたい海を越えたところにあるので海と死を関連づけるのって外国の人にも通じるのですかね。

このタイトル、From a Low and Quiet Seaは作中で3章に出てきます。詩の一文とされています。

Armoured they came from the east,

From a low and quiet sea.

We were a naked rabble, throwing stones;

They laughed, and slaughtered us.

武装した人々が東からやってきた

浅く凪いだ海から。

丸腰の我らは道端の石も同然。

彼らは笑いながら我々を屠った。

ノルマン人によるアイルランド侵攻について書かれた詩だそうです。グレートブリテン島ノルマン・コンクエストという侵攻を経験していますが、アイルランド島も複数回侵攻にあっています。

3章の主人公Johnはこれの朗読を授業で耳にします。まるで歌うような甘美な響きがあった、と回顧するJohn。朗読していた生徒が特別に朗読上手だったのかもしれませんが、アイルランドの人が話す英語って確かに歌うような響きがあると思います。youtubeなどで「Irish accent」で検索するといっぱい動画が出てくるので是非聞いてみてほしいです。

他に、1章では海が重要なモチーフとして出て来ます。この1章の描写はすごく良かった。海に朝日が昇ってくるのは確かに希望と思えるのに、静かな海は全く生命を感じさせません。この絶望と希望が混ざった静かな狂気が主人公の心情と重なって独特の雰囲気でした。

神に祈る

読んでいて物語の先が最も気になったのは3章でした。前述した通り、年老いた男が教会で自らの人生を懺悔している体をとっています。

話が逸れますが、アイルランドキリスト教徒の宗教観がとても好きです。具体的にどこら辺がと言われると悩みますし、私自身キリスト教徒ではありません。アイルランドの文学作品には宗教によって「心の底から救われた経験」を描いたものがちらほらあります。もしかしたら、そうした経験の方を魅力に感じるのかもしれません。しかしこの作者、処女作で「キリスト教社会に抑圧された」人物の話を書いているんですよね。懐が広い。

3章の主人公Johnは、先に書いたように一度信仰を失い、神を呪いさえします。彼にとって崇拝対象は優秀な兄であり、それを奪った天を許せるはずがありませんでした。でも彼は人生の終わりを前にして、いないと信じた神に愛を捧げます。彼の人生を思うと何とも言えない気持ちになります。小説の終わり方も、しばらく考え込んでしまうような文章で締めくくられていました。他の人のレビューを色々読んでまわりたい。

文体は落ち着いてやや難解

会話文と地の文を区別しないのが1番の特徴でしょうか。しかし今作の後に読んだ“Normal People”も同様でした。今はそういうのが流行っているんでしょうか? はじめは少し戸惑ったものの、物語の波に乗ってしまえばそれほど気になりませんでした。

取り扱っている内容柄なのか、文章は落ち着いて淡々と話が進んでいきます。散々書いたように特に1章の文章が美しくて、海の描写だけでも、この本を読んで良かったと感じました。

著者について

Donal Ryan(ドナル・ライアン)

1976年、ティペラリー生まれ。現在は家族とリムリック在住。

他に何作か発表されてます。処女作The Spinning Heartでも2013年ブッカー賞ロングリスト入りしています。The Spinning Heartは『軋む心』という邦題で出版されてますね。

軋む心 (エクス・リブリス)

軋む心 (エクス・リブリス)

 

今作From a Low and Quiet Seaは残念ながらショートリスト入りしていませんが、他に何か賞をとるんじゃないかしらんと思うほどの内容でした。

紹介:The Lost Soul of Eamonn Magee

本情報 

The Lost Soul of Eamonn Magee

The Lost Soul of Eamonn Magee

 

ジャンル:伝記

ページ:320

 あらすじ

アイルランドの元ボクサー、Eamonn Magee。彼の人生は幼い頃から波乱に満ちたものだった。IRAと関わりのあった青年時代、酒、ドラッグ、賭け。まるで映画の物語のようなその生き様を、ジャーナリストである著者が描く。

試し読みしての感想

キリっとした文体

内容の影響もあるのでしょうが、なんだかハードボイルドでかっこいい文章でした。書き出しすら少し凝っているというか、映画の始まりのようです。

そして何より、著者がEamonn Mageeという人物、ボクシング選手を尊敬し愛してやまないということが文章から伝わってきます。誰か人物について文章を書く時に、著者がどれだけの愛をもって描くことができるのか。それって1番大事な気がします。

寡聞にして題材となっているボクサーも、ボクシングについてもよく知りません。ですが、試し読みのたった数ページだけでもMagee氏が魅力的に思えました。渋い。

著者について

Paul Gibson

複数誌で活躍するジャーナリスト。外の著書にDan Hardyダン・ハーディ総合格闘家)の伝記がある。

レビュー:Ireland Green Larder

本情報・あらすじ

Ireland’s Green Larder: The story of food and drink in Ireland

Ireland’s Green Larder: The story of food and drink in Ireland

 

ジャンル:料理、生活史、神話

ページ: 352

アイルランドではどのような食べ物がとれ、また人々はそれをどうやって口にしてきたのか。レシピを交えて食べ物、当時の文化を解説するとともに、神話や民話、小説などで食べ物がどのように描写されてきたのかを詳細に描く。

感想

クラウドファンディング

出版の経緯として、この本はクラウドファンディングで支援を募ったものだそうです。巻末に出資した方の名前がズラリと並んでいました。

サイト名はUnbound | Liberating ideas、現在も様々なプロジェクトが進行中です。ざっと流し見してたら日本語発見してびっくりした。

この仕組みであれば、販売側は支援の状況である程度の売上が見込めるし、購入側も「ワシが育てた」顔が出来るのですね。これからの出版は段々こんなふうになっていくのでしょうか。出版社ではなく個人発というのか。

日本だと翻訳関係のサウザンブックスくらいしかクラウドファンディングサイトを知らなかったのですが、ちょこちょこあるようですね。本専門でやっているところはなさそう。campfireが近そうでしょうか。

レシピ付き

料理について書かれた本だけあり、レシピもそこそこに載っています。作者のおばあちゃん直伝のものが多いような印象でした。ただ写真は一枚もなく、普段料理する人なら言わなくてもわかる工程が省かれているなど上級者向けかもしれません。あと何でか分量がものすごく多い。肉1.5kgとか。

試しに作ってみた中でも、スコーンはすごくおいしかったです。ツイッターで写真をあげてたやつ。

見返して思ったのですが、もっと映え~的なことを考えて成形すべきでした。

現在パンとミルクのレシピまで作り終わったのですが、そのうち載っているレシピは全部作ってみたいと思ってます。ただラム肉1.5kgはハードルが高い。

料理だけじゃない

最終章なんかは専門の本を読んでいるのかと思うくらい神話・民話の詳しい解説がありました。当然、料理の本なので、料理に関連したものに限ります。アイルランドの年間通したお祭りと、そこで食べられる料理が載っていました。こういう整理された情報って本当にありがたいです。感動しました。

著者について

Margaret Hickey

雑誌の編集者をやっていたそうです。ジャンルは食文化。寄稿した雑誌には錚々たる有名誌ばかり並んでますね。

今作が2作目、1作目は口伝の歴史を集めた本のようです。これもおもしろそう。

紹介:Follow the Old Road

本情報 

Follow the Old Road: Discover the Ireland of Yesteryear

Follow the Old Road: Discover the Ireland of Yesteryear

 

ジャンル:歴史、フォークロア

ページ: 304

あらすじ

アイルランドには、古来より使われていた道がある。普段旅行では通らないようなそんな道でこそ、隠されたアイルランドの姿が見えてくるのだ。使われなくなった鉄道路線や小道に焦点を当てたノンフィクション。

試し読みしての感想

道から見るアイルランドの歴史

この本では色々なことが道から読み解かれています。普段、道なんて歩くだけのものとしか思っていなかったので中々新鮮。この道は元々川だったとか、ここで市が開かれていたとか、当時の文化、暮らしが見えてきます。道をそんな風に見たことなかったですねえ。

明快な文章

説明文らしいというのか、その章でメインになるところの概要をまず説明して、それから細部に入っていく。途中で疑問を提示し、それに解答していく、という形が徹底されています。とてもわかりやすかったです。

そして本文の合間合間に挿入される白黒の写真が、どこか郷愁を誘うようでした。見た事のない景色なのに不思議です。

著者について

Jo Kerrigan

コーク州出身。英国で働いた後、アイルランドに戻る。

人気ブロガーでもあるそうです。

紹介:Beyond the Breakwater

本情報 

Beyond the Breakwater: Memories of Home

Beyond the Breakwater: Memories of Home

 

ジャンル:自叙伝

ページ:288

あらすじ

幼い頃のゲールタハトへの旅。コーク、ティペラリー、ダブリンへの旅行や暮らし。そしてそこに住む人々との交流。アイルランドの自然風景を愛する作者による自叙伝。

試し読みしての感想

シャングリラ、もしくはティルナノーグ

作者は子どもの頃に、ウォーターフォードのRingへ家族で引っ越すことになります。Ringはアイルランドの中でもアイルランド語が日常的に使用される地域(ゲールタハト)であり、地名もアイルランド語An Rinnの方が正式名称となっています。さらにAn Rinnは「先端」の意味から来ているそうです。地図を見ると分かりやすいのですが、にょきっと突き出してるんですよね。作者も本文ではthe Ring Peninsulaと表現していました。

引っ越した経緯として、父親が子どもの時、毎夏休暇でこの土地に来ていて気に入っていたこと。仕事のストレスが酷く、休養の必要があったことと記されていました。なんとも現代的な理由です。

そんな父親にとって、An Rinnはまさにシャングリラ、ティルナノーグ(常若の国)、楽園でした。きっと幼い頃の思い出補正もあったのでしょう。そこは作者たちが前に住んでいたところとはくらべものにならないほど田舎です。時代錯誤と言ってもいいほどに。しかし、作者自身もAn Rinnに魅了されていくことになります。そんな体験が自然を愛する心を育んだのかもしれません。

アイルランド語

アイルランド語アイルランド公用語ですが、上に書いた通り、「日常的にアイルランド語が話されている地域」の名称があるくらい話者が少なくなっています。一応義務教育で国民はアイルランド語を学んでいるそうなのですが、やはり英語を先に身につけてしまうのでどうやっても「後から学ぶ第2言語」的な扱いになってしまうんだとか。

時代の流れによって消えたらそれまで、という考え方もあるとは思います。しかし詩的な響きを持つと言われるアイルランド語と、アイルランドが詩人を多く輩出したことは無関係でないでしょう。前にどこかでその関連性を論じた文章を読んだ気がするのですがどうしても思い出せません…。

私は残念ながらまだアイルランド語で詩を読むことはできませんが、それでもアイルランド語の響きが好きなので消えて欲しくないと切に願います。

なにより、日本語も同じ状況になりかねない立場ではないのかとたまに考えます。言葉に芸術的価値を見てしまった者としては何としても守っていきたい。

さわやかな文体

作者も昔を懐かしみながら、愛おしみながら書いているのがすごく伝わってきました。草原のような文章。いいですよね、なんだかよくわからないノスタルジーに襲われました。

作者について

Catherine Foley

ジャーナリストを経て専業作家になる。アイルランド語で作品を書いてもいるようです。

紹介:The Summer Visitors

本情報

The Summer Visitors (English Edition)

The Summer Visitors (English Edition)

 

ジャンル:家族、トラウマ

ページ:384

あらすじ

Daniel O'Connell(ダニエル・オコンネル)はその夏、アイルランドの海岸沿いにロッジを借りて休暇を過ごさんとしていた。双子の息子との家族旅行だった。ダニエルの妻(双子の母)を事故で亡くしてから心に傷を負ってしまった息子が回復するきっかけになればと思ってのことだ。

Annie Sullivan(アニー・サリバン)はホテルオーナーの娘で、ロンドンで暮らしていたが、ある問題を抱えてアイルランドへやってきていた。

全く関係のない2人だったが、同じアイルランドの地でそれぞれ過去に向き合うことになる。

試し読みしての感想

ルーツを探しに

アメリカ人は自分のルーツ探し(先祖探し)をよくする…と与太話レベルで聞いたことがあります。主人公ダニエルもアメリカ人。アイルランドへ休暇に行けば?と同僚へ勧められるシーンで、「私のルーツ、アイルランドなんだよね」と言われダニエルも「苗字からして自分のルーツもアイルランドだろう」と返していました。

こういうのってどうなんでしょうね、やっぱり自分のルーツの国に行くと何だかよくわからないけど懐かしい、という感覚になるのでしょうか。夕焼けを見てノスタルジーを感じるのとはまた違うのか?

アイルランド文学界双子多すぎ問題

このブログで紹介した小説だけでも、2・3作は双子が出てくるものがありました。本当に双子出現率高くないですか? と思ったら、アイルランドには双子が多いのではないか、と話題にしている観光ガイドの方のブログ記事がありました。双子が身近だからこそ小説によく登場する、というのは素直に納得できます。ではなぜアイルランドには双子が多いのかという話になってきますが、それは専門の方の研究結果を待つことにします。

ところでこの小説に出てくる双子は、活発でやんちゃ・大人しくて気遣いができる少年です。ステレオタイプといえばステレオタイプですが、この2人のやり取りは中々読んでいて小気味いいものでした。やんちゃな方が大人しい方の気持ちを汲み取って優しくするという思いやりプライスレス。母を亡くしたショックが強いらしい大人しい方に気を遣ったのかもしれませんが。

著者について

Fiona O'Brien

大学卒業後、コピーライターとして働く。ダブリン在住。

現在はコピーライターを退職し、専業作家として活躍されているそうです。女性向けがメイン。