6&4

アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

LISTOWEL WRITERS’ WEEK IRISH POEM OF THE YEAR 2018ショートリスト

An Post Irish Book Awardsの1部門である、LISTOWEL WRITERS’ WEEK IRISH POEM OF THE YEAR 2018。

こちらは詩の部門です。ノミネート作品は全てネット上で読むことができます。

The Listowel Writers' Week Irish Poem of the Year 2018 Shortlist - Listowel Writers' Week Literary Festival

↑ここで読めます。

掲載元はListwelというアイルランドの街でのブックフェスティバルを運営している団体のサイトです。写真を見る限りかなり大規模なフェスティバルっぽいですね。

今年は200作を超える応募があり、どれもハイレベルだったとのこと。アイルランドの歴史を詠んだものが多かったそうですが、なぜか馬の詩も多かったそうです。馬は友だちだからね。

以下ショートリスト作品を紹介しますが、詩の技術的なところは不勉強ゆえ内容だけさっくり書いていきます。

ショートリスト作品

Birthday(by Brian Kirk)

「私」の人生を凝縮したような詩。

歌うような文章が良いですねえ。英語の詩は音読で味わいたくなります。暗闇の中にあって、ただ1つの希望を見出している主人公の心情がぐっときます。考えてみればアイルランドの文学ってそういうものが多い気もします。「君はプロメテウス」なんて言われてみたい。

著者はダブリン出身、短編小説や詩を中心に活躍しています。

Inglis & Co Ltd.(by Erin Halliday)

パンの詩。

響きを重要視した語りでした。歌詞みたい。一種のノスタルジーを感じました。題もいいですよね。こういうの好きです。食べもののキーホルダーと同じ方向で好きです。

著者はこれまで3冊出版、他、雑誌などで精力的に詩を発表されています。

The Snails(by John W Sexton)

題の通りカタツムリの詩。

牧歌的、かつ文頭で多用されるYouが良い感じのリズムです。

ものすごく個人的な話ですが、私はカタツムリが苦手です。なのでこの詩はだいぶ辛かった。文章なのに読んでいるだけで背筋がぞわぞわしました。詩的で美しい表現ながら生々しいカタツムリを想像させる著者の筆力、さすがと言えばいいのか何なのか。

著者はすでに6冊の詩集を出しているベテランです。

 

以上、3作が候補になっています。The Snails以外は地名や通りの名前が出てきてとてもローカルな雰囲気の詩ですね。The Snailsも風景が浮かんでくるような身近な詩です。

やはりどれも音読で聞いてみたい。3作品ともまた違った雰囲気になりそうです。

WRITING.IE SHORT STORY OF THE YEAR 2018ショートリスト

An Post Irish Book Awardsの1部門である、Writing.ie Short Story of The Year。

短編小説の部門です。ここではショートリスト作品と作者の紹介をします。

この部門はネット上でノミネート作品全てを読むことができるのが最大の特徴でしょうか。

Writing.ie Short Story of the Year 2018: The Final 6 – Vote Now! | Writing.ie

↑ここで読めます。

掲載元のWriting.ieは読者向けに作者インタビューやブックレビューを、作者向けに文学賞や出版ハウツーなどを載せているウェブマガジン。1週間ごとのベストセラーを載せてくれているのも嬉しいです。

ショートリスト作品

Gooseen(by Nuala O’Connor)

ジェイムズ・ジョイスと妻ノラの史実に基づいた物語。

生きづらい2人が解放されるまで、要はジョイスとノラがヨーロッパ大陸へ駆け落ちするまでの話です。最初、ジョイスはJimとしか表されないので一見わかりませんでした。Jimは文章を書くのが上手、という一文で「おいおいジェイムズ・ジョイスかよ」と思っていたらジェイムズ・ジョイスだったという。それともアイルランドの人はすぐにピンとくるのかしらん。

"There is nothing more natural to the Irish than the leaving of Ireland"というJimの一言がとても印象的でした。

題名Gooseenはノラの愛称。幼い頃おばあちゃんと会話しているシーンが何ともノスタルジックかつロマンチックでした。

著者はゴールウェイ在住。ノラの出身地です。短編集をこれまでに4冊出版し、9月に5冊目が出たばかりです。昨年もこの賞にショートリスト入りしている唯一の著者です。

How To Build A Space Rocket(by Roisín O’Donnell)

インドからの移民である主人公(少女)と家族の物語。

子ども目線、かつ2人称で書かれているので物語の詳しい部分は明かされないまま始まって終わります。お母さんの謎のメールとか、もろもろとか。Youtubeやテイトー(アイルランドで人気のポテチ)が出てくるなど、かなりローカルで現代的なお話設定になっています。

How to~の題名が付いているからか、話は「必要なもの」から始まってStep1、2、3…と続いていきます。こういう独特な語り方はけっこう好き。

雰囲気はケン・リュウに近いものを感じました。

著者は2016年に短編集“Wild Quiet”を出版。短編小説を中心に執筆しており、数々のアンソロジーに寄稿しています。

Pollyfilla(by Mia Gallagher)

知人のパーティで不思議な女性と出会った男の物語。

他の候補作に比べて会話劇の印象が強いでしょうか。こういう不思議な雰囲気の話、何かに似ているなと思ったのですが思い出せません。後半にかけての展開を考えるとネタバレが怖くて何も言えない。ジャンルはホラーになるのか?

著者はダブリン出身。小説の外、脚本や俳優の仕事もしているようです。短編集はこれまでに1冊出版。

Prime(by Caoilinn Hughes)

生徒と先生の物語。

世界観が独特です。私の英語力のなさが問題かもしれません。先生のキャラクターがとても強烈で印象に残りますね。クラスメイトも複数出てきます。短編でこれだけ大人数を難なく動かしてみせるのは著者の腕でしょう。話の終わり方はあれで正解なのか、文字が脱落しているのか判断つかないのがもどかしいです。

著者は今年デビューしたばかり。処女作がthe Butler Literary Awardのショートリスト入りを果たしているなど、前途有望感がすごい。

The Mother(by Deirdre Sullivan)

ある夫婦の物語。犬を飼うかどうか、どういう犬を飼うか、の会話が中心で進行していきます。なぜ犬なのか…はネタバレになりそうで言えない。

叙述トリックになるのでしょうか。それとも私が鈍感だっただけでしょうか。ところどころ出てくる地の文のYouに引っ掛かりを覚えながら読み進めていくと、最後の最後で種明かしされました。こういうことされると好きになっちゃう。

著者はゴールウェイ出身、執筆活動と共に教師もやっているそうです。

The Woman Who Was Swallowed Up by the Floor and Who Met Lots of Other Women Down There Too(by Cecelia Ahern)

プレゼンで失敗した女性が恥ずかしさのあまり穴に入る物語。

題名がライトノベルか?というくらい長いです。日本語でタイトルをつけるなら間違いなく「穴があったら入りたい」なんですけどね。

コメディ色が強く、読んでいてつい笑ってしまいました。発想の勝利。

著者はダブリン在住。ベストセラー作家であり、今回の候補作もなるほど、ベテランならではの語り口でした。

 

以上6作が候補作です。どれでもそれぞれの世界観や作風があり、アイルランド文学界の多様性が垣間見えます。

今年はノミネートされた著者が全員女性なのも特徴でしょうか。さらに踏み込んで候補作も母親を題材にしたもの、女性教師を題材にしたもの、女性ばかり出てくるものなど女性が物語を牽引している作品が多い印象です。それぞれの候補作における女性像を見比べてみるのも楽しいかもしれない。

An Post Irish Book Awards2018

An Post Irish Book Awardsとは

アイルランドで最大と言ってもいい文学賞。様々な部門から成ります。

2006年から開始された文学賞で、始まりは書店からでした。自分用メモに「アイルランドの本屋が協賛する唯一の賞」と書いてあるのですがこれ出典不明です。賞が出来た目的は簡単で「アイルランド文学で突出した才能を讃え、また広く読者に良い本を届ける。賞の存在によって競合を図る」とのことです。公式サイトには書店向けに「賞に向けて販促するには」みたいなページもあり、アイルランドの出版・書店界を盛り上げようという気概が伝わってきます。

ちなみに公式サイト↓

An Post Irish Book Awards

特徴としては、スポンサー提供を受けるものの独立した団体であること、読者からの投票を受け付けていることでしょうか。特にスポンサー制度が興味深いです。昨年まではアイルランドの大手エネルギー会社Bord Gais Energyがトップスポンサーだったのですが、いつの間にか郵便会社An Postに変わっていました。その結果、賞の名前も変わるという。他、部門ごとにもスポンサーの名前が冠されています。

個人的に、毎年一番楽しみにしているこの賞。いろんな部門があってお祭り感がわくわくします。授賞式はアイルランドの公共放送RTÉで放送されます。それも結構なゴージャス騒ぎ。

各部門について

大きく分けてフィクション、ノンフィクション部門の2つ。そこからさらに細かい部門に分かれていきます。これも公式サイトで一覧になっていて、かつノミネート作品をまとめた何かおしゃれなパンフレットをISSUU(カタログ共有ツール、電子書籍みたいにその場でペラペラめくって読める)で見ることができます。

フィクション部門

EASON BOOK CLUB NOVEL OF THE YEAR

アイルランドの大手本屋(Eason Ireland | Buy Books, Gifts, Audio Books & Stationery)がスポンサー。どういう観点で選んでいるのか明記されていないのでわかりませんが、バランスよく、話題になった本が選出されているイメージ。

SPECSAVERS POPULAR FICTION BOOK OF THE YEAR

英国の大手眼鏡チェーンSpecsaversスポンサード。名前にPopularと付いている通り、人気の本が選出されています。上の賞と比べて女性向けの小説が多いような。

RTÉ RADIO 1’S THE RYAN TUBRIDY SHOW LISTENERS’ CHOICE AWARD

前述したRTÉの平日朝のラジオ番組リスナーが選ぶ賞。番組自体はニュースやその時話題になった人のインタビューで構成されています。通勤のお供的な番組でしょうか。

選ばれている本はサスペンス系が多いですね。去年はそうでもなかったような気がするのですが。

SUNDAY INDEPENDENT NEWCOMER OF THE YEAR

Independent紙の日曜版(Sunday Independent - Independent.ie)。

新人賞の位置づけですね。

THE JOURNAL.IE BEST IRISH PUBLISHED BOOK OF THE YEAR

アイルランドのニュース(TheJournal.ie - Read, Share and Shape the News)。私もたまに読んでます。

Irishと冠しているだけあって、アイルランドの風土に関する本が多くノミネートされています。去年はアイルランドの歴史本が大賞を取っていたような記憶。

IRISH INDEPENDENT CRIME FICTION BOOK OF THE YEAR

前述Independent紙スポンサー。実質1社で2部門持ってる感じですね。スゴイ。

犯罪小説が独立して部門となるくらい人気のあるジャンルなんでしょうか。

NATIONAL BOOK TOKENS CHILDRENS BOOK OF THE YEAR (JUNIOR)

図書券を発行しているNational Book Tokens。(英国・アイルランド版)

児童書、特に絵本部門です。

NATIONAL BOOK TOKENS CHILDRENS BOOK OF THE YEAR (SENIOR)

上記のシニア版。ヤングアダルトよりは少し若い感じ。

ショートリストを見ても、やはりこの部門は表紙が1番かわいい。

DEPT 51@ EASON TEEN/YOUNG ADULT BOOK OF THE YEAR

DEPT51はYAなどの本・グッズを売ってるところです。たぶん。EASONと名前が付いている通り、前述EASONのサイトにページが設けられています。

こちらはヤングアダルトの部門。中二心がくすぐられます。

WRITING.IE SHORT STORY OF THE YEAR

Writing.ieWriting.ie | The complete online writing magazine)は小説家と読者のためのWebマガジン。

賞の名前の通り短編部門です。すごいのはサイトで候補作を全文公開していること。あとはスマホでもう少し読みやすい形にしてもらえると助かります。

LISTOWEL WRITERS’ WEEK IRISH POEM OF THE YEAR

これはListowelという街で毎年開催されている文学フェスティバルがスポンサーですね。フェスティバルが文学賞をスポンサードするっていうのが不思議な感じ。

こっちもListowel Writer's Weekのサイトでショートリスト全作全文読むことが出来ます。

THE LOVE LEABHAR GAEILGE IRISH LANGUAGE BOOK OF THE YEAR

たぶん本屋か出版社だと思うのですが…いかんせん公式サイトがアイルランド語で書かれているので満足に読めませんでした。しかもIrish Book Awardsのサイトにもスポンサーとして書かれていない。どういうことだ。

これは今年新たに加わった部門です。こうして年々新しい部門を増やしていくなど柔軟性があるのもこの賞の好きなところです。

ノンフィクション部門

ONSIDE NONFICTION BOOK OF THE YEAR

ONSIDEはダブリンに本社を置くマネジメント会社。

上にあげたフィクション部門のショートリストにも実はノンフィクションが混ざっているのですが、これはノンフィクション専用の部門。

IRELAND AM POPULAR NONFICTION BOOK OF THE YEAR

IRELAND AMはテレビ会社です。確か放送1週間以内だったらネット上でも視聴できたはず。

上の部門と比べてややエンタメよりのものが選ばれている印象。

EUROSPAR COOKBOOK OF THE YEAR

EUROSPARはアイルランドのスーパー。サラダバーがあるなど良い感じのお店でした。街中にちらほらある。

スーパーだからか、お料理本部門です。料理本はお高いので候補作1冊も読めてません…。

BORD GÁIS ENERGY SPORTS BOOK OF THE YEAR

BORD GÁIS ENERGYはエネルギー会社です。去年まで筆頭スポンサーでした。

アイルランドでスポーツと言えばラグビーやサッカーが中心かと思っていたのですが、そうでもないようです。

大賞決定までの流れ

ショートリスト発表が10月25日。その後、サイトで投票を受け付け審査が行われ、11月27日に大賞発表となります。

今年は読んだ本も何冊かショートリスト入りしているので、結果が楽しみです。

レビュー:Normal people

本情報・あらすじ

Normal People (English Edition)

Normal People (English Edition)

 

ジャンル:人生、恋愛

ページ:266

あらすじ:Marianneは少し変わった少女だった。学校でも浮きがちな彼女の唯一の友人がConnell。Connellの母親がMarianneの家政婦をしていたことから2人は話すようになる。
やがて2人は友人とも恋人ともつかない関係性になっていく。高校を卒業し、田舎からダブリンの大学に出てきても2人の関係はどっちつかずだった。感受性が強すぎるがゆえに「普通の女の子になりたい」と願うMarianneと「何者かになりたい」と願うConnellの関係性に焦点を当てた物語。ブッカー賞ロングリスト入り。

登場人物

Marianne

主人公の1人。兄から暴言・暴力を振るわれ、それを黙認する母という、家庭環境に難ありな少女。その影響からか学校でも「変わり者」として浮いてしまっています。唯一会話するConnellも、学校では他人のふり。
孤独な彼女は、いつからか自分を責め始めます。もっと自分が普通の人間だったら、せめて普通の人間の振りをして生きられれば、こんなに苦しむこともなかったのではないか。そんな彼女の唯一の支えがConnellだったのですが、成長するにつれて距離を取ってしまうこともあるわけです。見ているこっちは非常にもどかしい気持ちになります。
物語は彼女が高校生の時から始まり、大学卒業まで続きます。Marianneの精神的成長は読んでいて気持ち良いものでした。今回レビューを書くにあたって最初の方を読み返してみたら、Marianneの成長具合がはっきりわかって一種感動ものでした。

Connell

もう1人の主人公。母がMarianneの家で家政婦をやっている縁で彼女と会話するようになります。クラスでの立ち位置は腰ぎんちゃくというか、周りにくっついて適当に笑って合わせているようなイメージ。いや、明言されているわけではないですが。学校では変わり者扱いされているMarianneと他人のふりをしたいと思うなど、若干いくじなしの部分があるのは明白です。
Marianneと交流のあることを恥ずかしく思いながらも、彼女を大切に思うようになっていきます。その2つともが本心なのが何とも人間臭いというかなんというか。憎めないキャラです。内心は自由なMarianneを羨ましく、そして少しばかり妬んでいるようにも見えました。
ConnellはMarianneのおかげで人生が良い方向に変わっていきます。
一風変わった女の子と、うだつのあがらない男の子というのは、ひと昔前のボーイミーツガールものっぽくもありますね。

Alan

Marianneの兄。登場シーンこそ少ないものの、MarianneとConnellの関係性に大きな影響を及ぼしてきます。そしてもちろん、Marianneの精神面にも。

Lorraine

Connellの母。Marianneの家で通いの家政婦をしています。
朗らかで優しく、息子には時々厳しい好人物です。あまり人を寄せ付けないMarianneもLorraineには親愛の情を持っているようでした。
彼女もそれほど出番があるわけではないのですが、要所要所で出てくること、MarianneとConnellを見守る唯一の大人ポジションということから、印象に残りやすい人でした。

補足

舞台はスライゴからダブリンへ

MarianneとConnellはスライゴの出身です。2人は田舎だと口をそろえて言いますが、描写を見る限りそこまで田舎ではなさそう。地方都市、のようなものでしょうか。
2人は大学進学にあたって首都ダブリンに出てきます。とはいっても、車で2時間ほど走れば帰れてしまう距離。なので物語はダブリンとスライゴを行ったり来たりしながら進んでいきます。

トリニティカレッジ

トリニティカレッジはアイルランド有数の大学です。アイルランド出身の有名人は大体ここ出身。
Connellはここで文学専攻、Marianneは歴史と経済を専攻します。20世紀を代表する作家を複数名排出している大学なので、ここで文学を学べるConnellは光栄でしょうね。羨ましいです。

感想

登場人物が多い

物語が開始した当初は、Marianneの交友関係が狭くその中でしか話は展開していきません。Connellも友人がいるとはいえ、そこまで親しくしている人もそんなにいませんでした。
でもMarianneは徐々に変化していきます。それにはConnellの影響も大きく、学校の友人を作ったり、パーティに行ってみたりするようになります。大学に行くとそれがさらに加速します。ついでに言えば、大学を境にMarianneとConnellの交友関係はほぼ重ならなくなってしまいました。
それに伴い、出てくる登場人物も増えていきます。章の区切り方が全て”○○Later”と、数分~数か月間、章と章の間に空白期間ができるようになっていますので、急に知らない友人が増えているようなこともあります。読者と主役2人の距離感は「たまにしか会わないけど仲良しの友人」な感じですね。

途中でMarianneとConnellの距離が開いた時には、Connell目線が多くなります。いつの間にかMarianneが綺麗になっていたり知らない人たちと歩いていたりして、Connellの驚きを追体験できるようになっています。でもMarianne側に目線が戻ると内面は彼女のままなんですよね。

海外小説を読む時に、登場人物の名前を覚えるのが苦手、という方もいるでしょう。普段あまり苦に思わない私でも混乱するくらい登場人物が入り乱れます。なので、前述した登場人物以外は覚えなくてもさして支障はないかと思います。高校生の時の友達、など簡単な説明は文章中でしてくれていますし。そもそも主眼をMarianneとConnellに置いているので2人以外は乱暴に言って有象無象です。

普遍性が高い

ブクログツイッターの感想で散々書きましたが、今作の1番の特徴が普遍性の高さだと思っています。
家庭環境から己を肯定できず、人とうまく交流できなくて「普通の人になりたい」と嘆くMarianne。なんとなく周りに流されてしまうし、Marianneといると落ち着くくせに周りの目を恐れて堂々とできないConnell。
最初はMarianneの生き方がへたくそすぎてハラハラしました。
この2人、そこらへんにいそうなんですよね。それこそ「一般人」なので、世界を変えたり救ったりはしません。ただ2人の関係性や考え方、交友関係が変わっていくだけです。

どんなコミュニティーに参加していても、もしかして自分は世界にたった1人、孤独を抱えているのかもしれない。そんな風に考えた経験はみんなあります(よね?)。同じ悩みをMarianneもConnellも持っているので、とても共感しながら読めました。

そして、恐らくは2人の内面描写に力を入れているから、普遍性が高くなっているのだと思います。たとえ固有名詞が出てきてもMarianneとConnellが日本から遠く離れたアイルランドで暮らしていても、どこか身近な物語に感じるのですよね。そういう意味ではワールドワイドに読める、矮小な個人の心の物語でした。

著者について

Sally Rooney

1991年、メイヨーのカスルバー生まれ。若い。現在はダブリン在住。

彼女自身もトリニティカレッジで英文学を学んでいます。途中で米文学に変えたようですが。15歳で初めての小説を完成させ、2017年に“Conversations with Friends”で作家デビュー。今作は2作目であり、ブッカー賞ロングリスト入り、An Post Irish Book AwardsではEason Book Club Novel of the Yearのショートリスト入りを果たしています。

彼女の文体はJ.D.サリンジャーと評されることもあるそうです。言われてみれば『フラニーとズーイ』感があるかもしれない。文体も、すっきりして簡易な言葉選びながら意味深なものもあるところが近いような。

紹介:New To The Parish

本情報

New To The Parish (English Edition)

New To The Parish (English Edition)

 

ジャンル:ノンフィクション、インタビュー

ページ:220

 あらすじ

アイルランドへ移民してきた人たちの背景は様々である。仕事の為、勉強の為、故郷にいられなくなって…等々。Irish Timesの記者であり、自身の祖父も移民だった作者が、14人の移民にインタビューし、それぞれの物語を記した。

試し読みしての感想

執筆の背景

試し読みの部分では、作者の背景が主な内容を占めます。14人の移民してきた方たちへの取材集ではあるのですが、あらすじに書いたように作者自身の祖父もチェコから移民してきた背景を持ちます。祖父がどのようにアイルランドで暮らしてきたか、祖母に出会って結婚したが移民である祖父を祖母の家族は気に入らなかったとか、そうした部分が赤裸々に語られています。今でこそ移民の数は増えたものの、当時は奇異の目で見られたそうです。そういえば今夏、ダブリンへ旅行した時にアジア系や中東系の人をあまり見かけませんでしたし、歩いているとやや物珍しそうな目を向けられていたような気がします。未だにちょっとばかり珍しいのかもしれません。アイルランド自体は良い意味でも悪い意味でも、移民・移住には縁深い土地だと思うんですけどね。

さて、そんな状況下で作者はこの本を書いた目的を前書きで語っています。曰く、「なぜ故郷を離れて移民せざるを得なかったのか、海外で新生活を始めることがどんなに難しいことか知って欲しい」のだそうです。

また、ヒトは「migratory creatures」だとも言っています。アリストテレス風に「移住的動物」とでも訳したらいいですかね。

遠い昔、人類はアフリカから世界各国に移民したのだと思えば、移民とはここ数十年で新しく発生したものではないと作者は言います。移民に焦点を当て、それを通して作者は「ヒトとは」ということをあぶり出したかったのでしょうか。

著者について

Sorcha Pollak

Irish Timesの記者。今作がデビュー作です。

柔らかく、かみ砕いた文体でとても読みやすく感じました。さすが人に伝えることに関しては特化しているのでしょう。

紹介:The Good Friday Agreement

本情報

The Good Friday Agreement (English Edition)

The Good Friday Agreement (English Edition)

 

ジャンル:歴史、ノンフィクション

ページ:320

あらすじ

1998年4月、The Good Friday Agreement(ベルファスト合意)が締結され、アイルランドを巡る闘争は終わりへ一歩踏み出した。今日、北アイルランドは平和を享受しているように見える。

締結から20年、The Good Friday Agreementの功罪とは何だったのか。Brexitを迎えるこれからの北アイルランドはどこへ向かうのか。ジャーナリストである著者が北アイルランドの20年間とこれからを論じた。

試し読みしての感想

The Good Friday Agreement(ベルファスト合意)とは

日本語訳だとあっさりしていますね。ベルファストで結ばれたのでベルファスト合意、英語名は聖金曜日に結ばれたのでThe Good Friday Agreementと呼称しています。

英国政府とアイルランド共和国の間で結ばれた和平合意で、あらすじにも書いた通り、それまでカトリック系とプロテスタント系で衝突してきた歴史に終わりをもたらすものになりました。ざっくり言えば英国もアイルランド共和国北アイルランドの帰属についてはどうこう言わないし、いずれ住民の判断で決めていいよ、あと英国籍とアイルランド国籍好きな方選んでね(両方でもいいよ)とした合意です。また、これにより北アイルランド自治政府が置かれることとなりました。かなり頻繁に議会停止していますが。

国連のサイトで合意文は公開されています。興味があればここ(Northern Ireland Peace Agreement (The Good Friday Agreement) | UN Peacemaker)からどうぞ。

さて、この合意が今になってなぜ解説本を出版されるまでに至っているのかと言えば、もちろん20周年ということもあるのでしょうが、Brexitの存在が大きいでしょう。実際にこの本でも最初の方でBrexitについて触れられていました。

北アイルランドは英国連邦に所属しています。一方で、アイルランド共和国は英国連邦を脱退し、EU加盟国となっています。つまり、Brexitにより英国連邦がEUを脱退してしまうとEU加盟国間で認められている恩恵が英国⇔アイルランド共和国間で成り立たなくなってしまいます。でもそうするとベルファスト合意はどうなっちゃうの?というのが色々と議論されているところです。一応、国境は開かれたままにするそうですが、税などまだ問題は残っています。

ここで著者はベルファスト合意とそれからの20年を振り返り成果を確認するとともに、これからのアイルランド共和国北アイルランドの行く方向を考察したのではないか、と思います。本文中では「英国の人たちはBrexitが決まってから『そういえば自分たちの国はEU加盟国と国境を接しているんだった』と気がついた」「所詮英国の多数にとって北アイルランドは端っこで気にも止めてもらえてなかったんだ」と多少皮肉めいた言葉も記していますが。

事前知識なしでも読める

文章はかなり平易な印象を受けます。また、アイルランド島の歴史に詳しくなくても、かなりがっつり解説してくれているのでこれ単体で充分かと思います。この背景はこんなのと同じ感じ、とかみ砕いて説明してくれていました。

作者の実体験に基づいて話が進んでいく形は導入部分として入っていきやすかったです。父母がカトリック系とプロテスタント系だったため「mixed marriages」と呼ばれたり、またそのせいで幼い頃は北アイルランドから逃れて暮らしていかなければならなかったり。歴史の教科書で学ぶ時とは違った印象を受けました。

著者について

Siobhan Fenton

ベルファストを中心に活躍するジャーナリスト、ライター。BBCで働いていており、ジェンダーや政治関係を担当しているそうです。

今作が著作としてはデビュー作。

紹介:The Cow Book

本情報 

The Cow Book: A Story of Life on a Family Farm (English Edition)

The Cow Book: A Story of Life on a Family Farm (English Edition)

 

ジャンル:農業、ノンフィクション

ページ:205

あらすじ

作者John Connellの家は代々続く牧畜農家だ。家を継ぐ気はさらさらなかった作者だが、帰省した時の家族とその日常を見て考えを変える。

牛の歴史をたどると共に、農家の日常、そして作者と家族との関係性を描いたノンフィクション。

試し読みしての感想

読みやすい

文章自体が素朴でそれほど難しい単語も出て来ないので、とても読みやすいです。何より文から作者の人柄の良さが透けて見えます。

また、ノンフィクションではありますが、朝起きてからの作者の行動や牧場の風景、家族の様子が時系列に綴られていきます。まるで小説の書き出しのようでした。牧歌的な風景が目の前に浮かんできます。

著者について

John Connell

作家、ジャーナリスト、そして農家と多くの顔を持つ人物です。デビュー作?”The Farmer's Son”と2作続けて今作もアイルランドでナンバーワン・ベストセラーになっています。