6&4

アイルランドの本(小説・児童書・YA)を紹介するブログです。

1月試し読みまとめ

Violet Hill 

Violet Hill (English Edition)

Violet Hill (English Edition)

 

ジャンル:ミステリー、歴史

ページ:352

あらすじ:1918年12月、ロンドンで唯一の女性私立探偵Violet Hill(ヴァイオレット・ヒル)はサー・アーサー・コナン・ドイルの管財人から依頼を受ける。2018年1月、Susanna(スザンナ)は特殊な能力がある警官だったが、あることからその力を失ってしまう。2つの時代を巡るミステリー。

物語は1918年パートから始まります。クリスマスの描写がとても良かった。

Echoes of Grace 

Echoes of Grace (English Edition)

Echoes of Grace (English Edition)

 

ジャンル:家族、ミステリー

ページ:1,564

あらすじ:Aurora(オーロラ)は父とナニーとで田舎の豪邸に暮らしていた。母Grace(グレース)は自分が生まれた時に亡くなったという。大きくなるにつれ、母の生き写しになっていくAurora。同時に、母に隠された秘密が明らかになる。

ページ数嘘だろ……。その分、試し読みもものすごく長かったです。そしてAuroraがとてもかわいい。田舎で甘やかされて暮らしているのと、父からパソコンやスマホを渡されていないせいで世間知らずの割に大人びたものが好きなアンバランスな子になってしまいました。そんなAuroraに同情するJamesとの関係が微笑ましくて良かった。

IRELAND AM POPULAR NONFICTION BOOK OF THE YEAR 2018ショートリスト

An Post Irish Book Awardsの1部門であるIRELAND AM POPULAR NONFICTION BOOK OF THE YEAR 2018。

ノンフィクションが選ばれます。

An Post Irish Book Awardsについては↓

rokuyon64.hatenablog.com

受賞作品

THE COW BOOK(by JOHN CONNELL) 

The Cow Book: A Story of Life on a Family Farm (English Edition)

The Cow Book: A Story of Life on a Family Farm (English Edition)

 

牛の歴史をたどると共に、農家の日常、そして作者と家族との関係性を描いたノンフィクション。

以前試し読みだけしました。

rokuyon64.hatenablog.com

牧歌的な文章が印象的でした。

ノミネート作品

TONY 10(by DECLAN LYNCH & TONY O’REILLY) 

Tony 10: The astonishing story of the postman who gambled ?10,000,000 … and lost it all (English Edition)

Tony 10: The astonishing story of the postman who gambled ?10,000,000 … and lost it all (English Edition)

 

ギャンブルに勝つ快感が、Tony O'Reillyの人生を変えてしまった。ネット上のアカウント名Tony 10。後に彼は175万ユーロを盗んだとして新聞の一面をにぎわすことになる。ギャンブルで全てを失った男の半生を描いた話。

以前試し読みました。ドキュメンタリー風の描写で読みやすかったと記憶しています。

HELP ME!(by MARIANNE POWER) 

Help Me!: One Woman's Quest to Find Out if Self-Help Really Can Change Her Life (English Edition)

Help Me!: One Woman's Quest to Find Out if Self-Help Really Can Change Her Life (English Edition)

 

自己啓発本って本当に役に立つのか?ある日疑問に思った著者が1年間、月に1冊ずつ本のアドバイス通りに過ごしてみた結果を綴る。

賞のサイトで試し読みができたのでちらっと読みました。その書き出しがざっくり言うと「女性には人生思い通りにいかねえな~と思う日が必ず来る。二日酔いで目覚めた日曜の朝が私にとってのその日だった。」最高じゃないですか。

THE SKIN NERD(by JENNIFER ROCK) 

The Skin Nerd: Your straight-talking guide to feeding, protecting and respecting your skin (English Edition)

The Skin Nerd: Your straight-talking guide to feeding, protecting and respecting your skin (English Edition)

 

肌は必要によって栄養分を与え、守り、ケアしなければならない。スキンケアの専門家である著者が人生のステージごとのスキンケア方法をまとめたもの。

気になります。アンチエイジングからアクネケアまであると書いてありました。私もお肌の曲がり角を実感する年頃でありますので、ものすごい購買意欲をかきたてられました。

PLAY IT AGAIN, DES(by DES CAHILL) 

Play It Again, Des: Des Cahill: My Autobiography (English Edition)

Play It Again, Des: Des Cahill: My Autobiography (English Edition)

 

アイルランドで最も有名で人気のある芸能人が自身のキャリアに対してつづった自伝本。

Broadcasterってなんて日本語にすればいいんだ…。自伝ではありますが、Irish Timesの記者が取材し、自伝という形に書き起こしたようです。

BORN FOR THE ROAD: MY STORY SO FAR(by NATHAN CARTER) 

Born for the Road: My Story So Far (English Edition)

Born for the Road: My Story So Far (English Edition)

 

人気カントリーミュージシャンの著者の自伝。幼い頃からどのように音楽に触れ、そして成功に至ったのか。

1990年生まれ、28歳です。この年でアルバムをばんばん出し、冠番組は大盛況とスーパースターじゃないですか。

 

以上、ノミネート作品です。自伝が多いかと予想していたものの、実際には体験談やHow to本なんかもノミネートされていますね。受賞作品は、さすが牛強しということでしょうか。アイルランドの本を読んでいると頻繁に出て来ますもの、牛と草原。

レビュー:The Weight of a Thousand Feathers

本について 

The Weight of a Thousand Feathers (English Edition)

The Weight of a Thousand Feathers (English Edition)

 

ジャンル:YA、介護、LGBT

ページ:320 全60章

あらすじ

Bobby(ボビー)は高校に通いながらも、難病に侵された母の介護を行っていた。加えてまだ幼い弟の面倒まで見ている。家族のこと、自身の将来のこと、そして自分の指向のこと。様々な悩みを抱えるBobbyは、ある時、親の介護をする若者の集まりに行きアメリカ風に話すLou(ルー)に出会う。

登場人物

Bobby Seed(ボビー・シード)

主人公、17歳。学校に通うかたわら、母の看病・介護をし、弟Dannyの面倒も見ている。家族のことは愛しているが、日々に疲れてもいる。また自分自身、誰にも言えない悩みを抱えていた。

良い子です。聖人君子かっていうくらい良い子なんです。それだけにBobbyが悩み苦しんでいる時はこっちも辛い気分でした。なぜこんなに苦しい目に合わなければならないのかと。物語はBobbyの1人称で進んでいきます。詩的センスのあるBobbyの文章は美しく読んでいて気持ちが良かった。

Mum(ママ)

BobbyとDannyの母。MS(多発性硬化症)という難病にかかり、ほぼ寝たきりになっている。身体がどうにもならないことに苛立ちつつ、息子らへの愛は強い。

Danny Seed(ダニー・シード)

弟。正式名Daniel(ダニエル)なので、Dannyと呼ばれたりDan(ダン)と呼ばれたりしています。学校に行きたがらない、制服をちゃんと洗わないなどBobbyの悩みの種でもあります。あとXboxのゲームが好き。

こうして客観的に書くとむかつく弟ですが、作中ちょこちょこかわいいです。Bobbyの具合が悪い時ママのように寝たきりになるんじゃないかと心配して傍から離れない、とか。

Bel(ベル)

Bobbyの親友。美少女だがBobbyは全く恋愛対象として見ていない。性格は大雑把でよくBobbyをからかって遊んでいる。

Lou(ルー)

親の介護をする子どもたちの会Pozitiveで出会ったアメリカ風の英語を話す少年。古いベスパに乗っている。ウィンクを乱用する。

良い意味でも悪い意味でも、Bobbyに多大な影響を与えることになります。

物語補足

gear

gearというと通常「歯車」を意味します。作中でも何度かこの単語は登場するのですが、全て「歯車」という意味ではありません。Oxford Dictionary(gear | Definition of gear in English by Oxford Dictionaries )によれば英国俗語で「違法ドラッグ」の意味を持っています。特にヘロインを指して言うそうです。

ヘロインといえばダウナー系のドラッグであり、最も依存度が高いとされています。こんなのヤングアダルトの本で登場させて大丈夫なんでしょうか。

感想

I am who I am

というのが、この小説のテーマだったと思います。主人公Bobbyはもちろん、ママをはじめとした登場人物みなが「自分とは何か」「本当の自分」という問題に向き合っていました。

Bobbyは良い子です。ママの看護介護を行った疲れで、学校では寝てしまう。DannyはBobbyの苦しみを共有するには幼すぎる。将来のことも考えなくてはいけないし、何より自分自身が人に言えない秘密を抱えている。これでよくぞ逃げ出さなかった。Bobbyが自身の状況を指して「A thousand feathersの重みが肩に圧し掛かる」と言ったのは、真綿で絞殺されるような日常を見事に表していました。

誰かに理解してもらいたい、悩みを聞いてほしいと普通なら思ってしまうでしょう。けれどBobbyは全てを1人で背負おうとし、結局自分の秘密を読者にすらはっきり明かすことはありませんでした。ただ普通に推測できるレベルには描写されていました。

Bobbyのような状況にいる子どもはそんなに多くない…と思いたいのですが、本当の自分をさらけ出したら嫌われてしまうのではないか、今の自分は本当の自分なのかという悩みは思春期共通ではないでしょうか。その意味で、Bobbyは思春期の子たちに受け入れやすいキャラクターになっているのでは。

そしてママも「自分らしくある」ことに悩んでいきます。病気で身体がままならない彼女は、息子たちに母親らしいことが出来ないと常に苦しんでいます。息子を自分の介護で手一杯にさせていることに罪悪感もある。病気が悪化するばかりと察した時、ママは自分を保つためにある決断をします。それがまたBobbyを苦しめもするのが何とも言えない。ママの決断は息子たちへの愛にあふれていましたが、結局人間は死ぬまで自分本位であるしかないのかもしれません。

医療が発達しても完治できない病気はあります。ただ技術の進歩により生きながらえることは出来るようになった。記憶を失っても、身動きが出来なくても、話せなくても、思考できなくても、それは私だと言えるのか。その時に「私」を私はどう定義して生きるのか。とても難しい問題だと思います。

著者について

Brian Conaghan

スコットランド生まれ、現在は拠点をダブリンに置く。スコットランド、イタリア、アイルランドで教鞭をとっていた。2016年にコスタ賞を受賞している。

ONSIDE NONFICTION BOOK OF THE YEAR 2018ショートリスト

An Post Irish Book Awardsの1部門であるONSIDE NONFICTION BOOK OF THE YEAR 2018。

ノンフィクションの作品が選ばれます。

An Post Irish Book Awardsについては↓

rokuyon64.hatenablog.com

受賞作品

PEOPLE LIKE ME(by LYNN RUANE) 

People Like Me (English Edition)

People Like Me (English Edition)

 

薬物、15歳での妊娠。ある女性が人生の立て直しと幼い頃の傷が癒えるまでを書いた自伝。

表紙だけの判断でてっきりサッカーものかと思っていました。なかなかどうして面白そう。

ノミネート作品

NOTES TO SELF(by EMILIE PINE) 

Notes to Self: Essays (English Edition)

Notes to Self: Essays (English Edition)

 

性暴力にフェミニズム、鬱などなど。衝撃的な内容で埋め尽くされたエッセイ集。

新人部門で受賞していた作品。

MICHAEL O’LEARY(by MATT COOPER) 

Michael O'Leary: Turbulent Times for the Man Who Made Ryanair (English Edition)

Michael O'Leary: Turbulent Times for the Man Who Made Ryanair (English Edition)

 

格安航空会社ライアンエアーのCEO、Michael O'Leary(ミカエル・オリアリー)について書かれた本。性格や信条などかなり細かいところまで掘り下げている。

O'Leary氏はアイルランドで最も稼いでいるビジネスマンの1人だそうで、その仕事観などに興味を持った人が多いんじゃないでしょうか。

CLIMATE JUSTICE(by MARY ROBINSON) 

Climate Justice: Hope, Resilience, and the Fight for a Sustainable Future (English Edition)

Climate Justice: Hope, Resilience, and the Fight for a Sustainable Future (English Edition)

 

Mary Robinsonが創設した気候変動に対処する組織についての本。気候変動と、それに悩まされている人たちを助ける目的を持つ。

創設者の自伝的なものでしょうか。活動に際して様々障害があったようです。

ON THE EDGE(by DIARMAID FERRITER) 

On the Edge: Ireland’s off-shore islands: a modern history (English Edition)

On the Edge: Ireland’s off-shore islands: a modern history (English Edition)

 

アイルランドの島の歴史を綴った本。周りからはロマンチックな目で見られることの多かった島だが、実際は貧困や侵略におびえた歴史があった。

今読んでいる、アイルランドの20世紀を扱った小説でアイルランドの海岸線沿いの部分をThe edge of the worldと表現していました。今作とは特に関係ないでしょうが、いい表現です。

A RELUCTANT MEMOIR(by ROBERT BALLAGH) 

A Reluctant Memoir (English Edition)

A Reluctant Memoir (English Edition)

 

アイルランドで最も有名な芸術家Robert Ballaghの回顧録。彼の記憶は、またアイルランドの歴史でもあった。

寡聞にしてこの芸術家を存じ上げないのですが、ユーロを採用する前のアイルランドで使われていた紙幣デザインを手がけた方だそうです。

 

以上、ノミネート作品です。ノンフィクションと一口に言っても回顧録から島の歴史、ビジネス本に近いものなど幅広く選ばれています。むしろこれだけ差があると受賞作品を決めるにも一苦労しそうです。

レビュー:ミラクル

本について 

ミラクル

ミラクル

 

ジャンル:家族、児童書

ページ:215 全22章+フィナーレ

あらすじ

ミランダは想像力の豊か(すぎる)子だった。病気がちな姉、意地悪ばかりするクラスメイト、想像力のない友人、変なジョークばかり言うおばあちゃんにイライラしながらも、それなりに楽しく毎日を送っている。ひょんなことから自分にはミラクルを起こす力があるんじゃないかと思ったミランダは、姉のためにあることを計画する。

登場人物

ミランダ・A・マグワイア

主人公。作中では言及がなかったと思うのですが、たぶん小学校中学年くらいでしょうか。ひねくれ者。文章能力と想像力が高い。ルーシー・ファーという、ミランダの前でだけしゃべるぬいぐるみが大好き。

ミランダというとシェイクスピアテンペスト」の彼女を思い浮かべてしまいます。そもそもミランダはミラクルと同じ語源。だから当然なのかもしれませんが、ミラクル・ミランダで頭韻を踏んでいて良い感じです。

ジェンマ・マグワイア

ミランダの姉。16歳。入退院を繰り返している。

作中はミランダの視点で進むため、ジェンマが何の病気なのか、病院でどんな風に過ごしているのかはほとんど描かれません。

ダレン・ホーイ

ミランダのクラスメイト。意地悪。

ああクラスに1人はいるよね、という感じの子です。

キャロライン・オローク(通称COR)

ミランダが4歳の頃から親友。サッカーが得意で、乙女チックなものが好きではない。

良い子ではあるものの、ミランダは時々イラッとしているようです。それでも大好きと思っているところ、本当の親友感があって好き。

感想

ミランダの世界

この小説は完全にミランダの視点で進んでいきます。1人称。だから、ミランダの知らないことは読者も知りようがありません。

例えば姉の病名も、姉の入院中に父母が何をしているのかも、最後までわかりません。質問の仕方が悪く、意図の違う回答が返ってしまってきても、ミランダは内心「違うよ!」と思いながらそのまま流してしまいます。

そしてミランダ自身も、全てを話しているかどうかはわかりません。意図的に嘘をついているわけではないでしょうが。書き出しからすでに

やっぱり、自己紹介から始めるのはやめよう。名前とか、年齢とか、家族構成とか、何から何まで書くなんてつまらない。(P.8)

とひねくれています。言い換えて、読者の想像力で補ってくれと信頼してくれています。ちなみにこの書き出し、ミランダの性格をうまく表していて最高だと思いました。

ミランダはその想像力の豊かさもあって、素晴らしい世界を見ています。お気に入りのぬいぐるみはお話ししてくれ、的確なアドバイスもくれる。一番良い場面なので詳しくは書きませんが、ラストシーンだってもしかしたらミランダの想像にすぎないのかもしれません。ミランダの想いが詰まった世界です。

こう書くとミランダがまるで夢見がちな子みたいにみえるかもしれません。でもその実、結構な現実主義者です。というよりも冷静で客観的な目も持っていると言ったほうが正しいでしょう。奇跡なんてあるわけがないと思いつつ、どこかで信じたい気持ちがある。大人ほど割り切れないけど、何もかもを頭から信じられる子どもでもない。そんな成長途中なミランダに共感できる児童は多いんじゃないでしょうか。

そもそも、想像力の豊かさというのはあり得ない世界を想像するというだけではありません。ミランダはその想像力をフルに使って友人や家族の気持ちを汲み取ります。たとえ自分に都合の悪いことをされたとしても、それが相手の好意から出たものだと想像し、許してあげられる。ミランダの想像力は優しさに繋がっています。きっとそんな性格では損をするでしょう。でも、その想像力・優しさは得難いものです。ミランダにはこのまま優しく育っていってほしいなと、つい親目線で見てしまいました。

翻訳された本を読むこと

ここからは若干本の内容とは関係なくなってくるのですが、読んでいて感じたことなので自分用のメモ的に書いておきます。

文芸翻訳には訳者によって色んなスタンスがあると思います。例えば、句読点に至るまで原文に忠実であること。例えば、多少原文を変えてでも日本語として自然な流れにすること。私が大学で翻訳を学んでいた時は後者のスタンスだったので、前者であった教授とよくケンカしたものです。

そのどちらにしても、障壁になるのは原文語独特の表現が出てきてしまった時です。今作で例を出すと、登場人物に「ミス・ルーシー」という女性が登場します。ミランダのクラス担任の先生です。なぜ「ミス」をわざわざつけているのか?ルーシー先生ではダメなのか?前者のスタンスであった私はこの表現にどこかモヤモヤしながら読み進めていたのですが、その後、本文で「先生は結婚しているのにミセスじゃなくてミス・ルーシーと呼んでいいのか」といった表現が出てきて合点しました。未婚・既婚によってつける敬称が変わるというのは、英語にあって日本語にないものです。現代においてはその差別化に若干時代遅れ感を覚えなくもないですが。

ミス・ルーシーとすることで、ミランダの、敬称の違いに気がつく語学センス、細かい性格を訳文に活かすことができますし、何より、英語圏ではミスとミセスという敬称があって、未婚・既婚でそれが変わるのだ、と読者に教えることができます。その作品を通して外国の文化を学べるのもまた翻訳書の存在意義ですね。かといって大量の脚注や、話の内容理解を阻むほどの文化差違は、読む気力を失わせてしまうので難しいところです。

上で散々書いてきた通りミランダは言語センスに優れた子です。作中で英単語や韻について突っ込みを入れまくるわけです。翻訳者泣かせの主人公だったのではないかなと、訳された方の苦悩を勝手に思わずにいられませんでした。

著者・訳者について

シヴォーン・パーキンソン(著者)

児童文学者。大人向けのものもいくつか書かれています。何より、アイルランドの出版社「Little Island Books」の発行人・編集者とのこと。お世話になってます。

浜田かつこ(訳者)

児童書をメインに翻訳されている方のようです。恐竜が出てくるシリーズの本がめちゃおもしろそうでした。

THE LOVE LEABHAR GAEILGE IRISH LANGUAGE BOOK OF THE YEAR 2018ショートリスト

An Post Irish Book Awardsの1部門であるTHE LOVE LEABHAR GAEILGE IRISH LANGUAGE BOOK OF THE YEAR 2018。

今年創設されたジャンルです。対象はゲーリック(アイルランド語)で書かれた本。

An Post Irish Book Awardsについては↓

rokuyon64.hatenablog.com

受賞作品

Tuatha Dé Danann(ag Diarmuid Johnson)

www.leabharbreac.com

amazon.jpで取り扱いがないので出版社のリンクでも…と思ったらHTMLが丸見え。かつ品切れ。

題名から分かる通り、ケルト神話よりトゥアサ・デー・ダナンの話を現代アイルランド語で語りなおしたもの。「マグ・トゥレドの戦い」を扱ったものだそうです。

第1回目の受賞としてこれほどぴったりなものはないんじゃないでしょうか。

ノミネート作品

Fuascailt an Iriseora(ag Michelle Nic Pháidín)

www.coislife.ie

主人公Brídはジャーナリスト。首都に戻った彼女をトラブルが襲う。

シリーズ物2作目のようです。お仕事小説。

Lámh, Lámh Eile(ag Alan Titley)

www.cic.ie

探偵Shamusは、夫の手だけが入った箱を持った妻に、夫の行方を捜して欲しいと依頼される。次々と見つかる夫の体の一部。一体誰が何の目的で行っているのか?ハードボイルド・ミステリー。

表紙が昔のアメコミ風だったので明るい内容かなと想像していたら予想外の重めミステリーでした。

Luíse Ghabhánach Ní Dhufaigh: Ceannródaí(ag Celia de Fréine)

www.litriocht.com

アイルランド語復興運動に活躍したLuíse Ghabhánach Ní Dhufaigh(英語名:Louise Gavan Duffy)の伝記。

実はLuíse自身も若い頃はアイルランド語を話せなかったそうです。何とも、アイルランド語で書かれたこと自体に意義があるような作品ですね。

Táin Bó Cualaigne(ag Darach Ó Scolaí)

www.leabharbreac.com

ケルト神話より「クアルンゲの牛獲り」の翻訳。表紙がこわーい。今やすっかり有名になったであろう英雄クー・フーリンの物語です。アイルランドでも人気のあるお話だとか。

アイルランド語アイルランド語の翻訳に意味があるのか?と思われるかもしれませんが現代語訳「源氏物語」みたいなものです。

Teach an Gheafta(ag Cathal Ó Searcaigh)

www.leabharbreac.com

ある若い男がドニゴールのゲールタハトで過ごしたひと夏の物語。

非常にユーモアのある、詩的な小説と賞賛されていました。

 

以上、ノミネート作品です。神話の翻訳やリライト、伝記など伝統的なものと新しい物語がバランスよく選ばれている印象でした。正直に言って、アイルランド語は難なく読める人が少ない言語です。広く読んでもらうなら今の世界では英語で書くのが一番でしょう。その中で、アイルランド語で執筆する、という意義を作者それぞれがどう考えるのか。少し日本語に通じるものがある気がします。日本は国内需要が圧倒的なのでまた違うのかもしれませんが。

それと個人的には、地域によって表現や綴りが変わってくるアイルランド語でどうやって小説書くの?と思わなくもありませんでした。綴りはまあ、標準アイルランド語なのかしらんと考えつつ。ただこういう賞でアイルランド語の小説が取り上げられるのはいいですね。私のような学習者は「この本が読んでみたい」と学習意欲に繋がります。

難点は日本だと手に入りにくいことでしょうか。あと賞のサイトも、他の部門だと用意されている作品ごとの紹介ページがなく一行紹介のみでした。もう少し頑張ってくれてもよかったのではないか。

12月試し読みしたものまとめ

The Cruelty Men 

The Cruelty Men (English Edition)

The Cruelty Men (English Edition)

 

ジャンル:歴史

ページ:448

あらすじ:Mary(メアリー)はケリーからミースのゲールタハト(アイルランド語が日常的に話されている地域)に引っ越してきた。家族は困窮していた。親に代わり弟たちの面倒を見なければならなくなったMary。そこには苦難が多く待ち受けていた。1930年代から1960年代までを描いた話。

レビューではケルト神話を絡めた歴史フィクション、と書いてありました。Maryの話が始まる前も1653年のパートがあり、そこではクロムウェルによって侵攻され、森に逃れた人物の一人称がありました。それまでアイルランドに住んでいた人々が西に追いやられていく様子が生々しく描かれています。反面、森で暮らすその人は「地下の国」(=神々・妖精の暮らす国)を探しているなど、神話と歴史の融合のような物語になっていました。他、レビューでは詩的な表現を高く評価されていたのが印象的でした。

この1653年パートがとても好きです。章の終わりに、主人公はアイルランドの敗北を感じながらも(この時に「ハープは全て燃やされるだろう」という表現をするのも良い)“The stories were an unconquered place.”と断言します。これこそが小説の存在意義かもしれないと思うくらい、強い言葉でした。

The Blamed 

The Blamed (English Edition)

The Blamed (English Edition)

 

ジャンル:家族、ミステリー

ページ:352

あらすじ:今までで最高の夏だった。恋に落ち、自分自身をよく理解し、最も充実した夏だった。でも、それは間違いだった。15年後、Anna(アンナ)は反抗期の娘Jessie(ジェシー)に手を焼いていた。さらに娘から自分の名前の由来を尋ねられ、15年前の秘密が明らかになっていく。

主人公Annaには2人子どもがいます。長女Jessieと長男Rudi。話はJessieとAnnaの関係を中心に進んでいくようです。

Jessieの名前は死んだ友人と同じものをつけたとAnnaがさっさと明かします。その理由が、死んでもずっと一緒にいられるような気持ちになれるから、とありました。なかなかのサイコパスっぷりじゃないですか。でも欧米ではよく死んだおじいちゃんの名前をもらっている人を見ますし、この文化圏では普通のことなのかもしれません。

他、Annaは夫の名前が嫌いで"you"とか"him"としか呼ばなくなった、娘も主人公をママではなく名前で呼ぶなど、名前と呼び名が物語上のカギになりそうな描写具合でした。

The Month of Borrowed Dreams

The Month of Borrowed Dreams (English Edition)

The Month of Borrowed Dreams (English Edition)

 

ジャンル:人生、本、シリーズ物

ページ:368

アイルランド西海岸の街Finfarran半島を舞台にした群像劇。夏を前に、ブッククラブの面々はそれぞれ人生の難しい選択を迫られていく。

本編が始まる前に、「このFinfarranは作者の頭の中に存在する街だから観光に来ても見つからないよ」と注意書きしてあるのが面白かったです。裏を返せば、それだけリアリティのある描写なのでしょう。ちなみにFinfarranを舞台にしたシリーズ物です。

ブッククラブなだけに本の話題はもちろん、映画についての言及が多く、おしゃれでサクッと読める感じ。