レビュー:The Wickerlight
The Wickerlight (English Edition)
- 作者:Mary Watson
- 出版社/メーカー: Bloomsbury YA
- 発売日: 2019/05/30
- メディア: Kindle版
ページ:432
あらすじ
Zaraは数か月前にKilshambleに引っ越してきたよそ者である。ここで最愛の姉を亡くし、失意の中にいた。ある日、隠されていたメモを見つけ姉の死に疑念を抱くZara。メモを手掛かりに調査を進めていく中で、Zaraはドルイド同士の争いに巻き込まれてしまう。
一方、judgeとして役割を全うしていたDavidは一家に伝わる重要な宝「バズヴの眼」がなくなっていることに気がつき、独りで捜索を続けていた。
アイルランド神話を題材にした現代ファンタジーThe Wren Huntの続編。
前作の感想は↓
感想
ヤングアダルト小説の持つ役割とは何だろう。この本を読んでいる間、強くそれを意識した。
子どもから大人へ変わる途中。多くのことを感じ、考え、将来を見据え決断することだって増えるかもしれない。
何より、親との関わり方が変わっていく。
そして、この"The Wickerlight"は親と子の物語である。具体的に言って、子どもが親から離れていく過程を描いたものである。
私自身はヤングアダルト年代(日本では13歳~19歳)からだいぶ歳を重ねてしまったものの、おぼろげな記憶を思い返してもあの頃は何かと親に反発していた気がする。とにかく親と一緒にいるのが恥ずかしい、振る舞いが気に食わない、放っておいてほしい。
大体にして円満な家庭に育った私ですらそうだったのだ。この本に登場するZaraやDavidは余計複雑な気持ちだっただろう。
Zaraの両親は冷ややかな緊張状態にある。浮気を繰り返す父、そんな父に腹を立てつつ何だかんだとやり直しの機会を与えてしまう母。Kilshambleに引っ越してきたのだって父の女性関係を清算し、心機一転家族でやり直すためだった。
両親はそれで良かったかもしれないが、Zaraは都会から田舎へ、好きな人や親しい友人のいる土地から見知らぬ土地へ有無を言わさず連れてこられたのだ。それはもうたまったものではない。
おまけに、姉が死んでからというもの母は極端に過保護となり、Zaraの交友関係に口を出してくる。Zaraは両親に振り回されっぱなしである。姉がいた頃は2人で夜中に「ごっこ遊び」をしたり内緒話をしたりしてストレスも緩和されていたのだろうが、今やそれもない。
もう1人の主人公Davidも親との関係に悩まされている。ドルイド一族というのがまた事情をややこしくする。Davidはドルイド・judgeの1人で、トップのCassaの護衛を務める立場にある。CassaはDavidの叔母(母の妹)にあたる。父方の祖母はjudgeのトップになったCassaを見て「姉じゃなくて妹を嫁にもらっておけば良かった」などDavidに対し言う。個人的には子どもの前でそういう話をするんじゃありません!と思うものの、それはさておき、Davidの父方一族はCassaに対して微妙な感情を抱いている。ちなみにDavidの母は家の中で立場がない。これだけ聞くと何ともリアルというか、設定を置き換えれば実際にありそうな話である。
Davidはそんな複雑な立場で、Cassaへの忠誠心と親への従順さの板挟みになっていく。judgeとして、トップに仕えるのは当然。だがjudgeは血筋も大事にする。親の抑圧は、時に暴力ともなってDavidを困らせていた。
何というか、Davidは不運だ。前作ではWrenを追いかけまわし、敵対し、結局ちょっと良い所もある嫌な奴で終わっていた。ところが今作では兄弟の不始末の後処理をさせられ、身代わりに罰を受ける。judgeとaugurの敵対関係を知らないZaraに、女性のaugurとケンカしているところを目撃され「Davidは理由もなく女性に手をあげる人」と誤解されてしまうなど、理不尽にかわいそうなのだ。読んでいる内に応援したくなる苦労人っぷり。
さて、親に自由を奪われたZaraとDavidが出会うとどうなるか。
ZaraとDavidは共通点が多い。親との関わりに悩んでいるし、兄弟姉妹のために物語中は奔走している。そういえばこの小説はやたら兄弟姉妹が出てくるような気がする。
当然2人の交友には親の邪魔が入る。それでも2人は親の知らないところで親しくなっていく。Zaraに関して言えばDavidだけではない。親に秘密で築いた関係が後々彼女を助けることになる。
親に言えない・言わないことが増え、2人は自由を手に入れる。人はそうやって親離れ・大人への一歩を踏み出すのかもしれない。
前作とテーマは似ているように感じる。前作主人公Wrenは保護者の元から離れ、外の世界に触れることで自身の偏見や、ある意味洗脳とも言える保護者の教育から解き放たれた。
この"The Wren Hunt"シリーズは、ファンタジーをしっかりやりつつ、その大元にあるテーマは思春期の少年少女の独り立ちになっている。もしかしたら著者はヤングアダルト小説の役割をそこに見出しているのかもしれない。親との関係に悩むヤングアダルト世代の読者に対し、物語を通して「そこから抜け出して自立すること」「そしてそれは悪いことではない」と伝えているのではないか。
ではこの小説が教科書的かと言うと、全くそんなことはない。前作もそうだったが、著者のアイルランド神話に対する綿密な調査とそれを基に組み立てられた世界観は完成度が高く素晴らしい。現代社会とうまく融合されている。世間からひっそり隠れて木々を信仰し、自然を操り・読み解いているドルイドが本当にいるんじゃないかと信じたくなってしまうほどだ。
ドルイド(judge)の特殊能力も個人個人で差があって楽しい。例えばDavidなら虫に好かれる、指示を出せる能力を持っている。あまり「アタリ」の能力ではないらしいが、Davidはそれで何とかやっていくし、虫を慈しんでいるのも微笑ましい。
前作で物語の中に「変身譚」を散りばめ、最後に収束させていった一貫性は今回も遺憾なく発揮されている。今回の物語的中心が戦を司る女神バズヴだったことと、Zaraが一般人だったせいか多少そこらへんは分かりづらくなっていて、読み終わってから「あれはほのめかしだったのか?」と気がつくことが多かった。記憶があるうちにもう一度最初から読み直したいところではある。
前作では存在に言及されるだけだった第三勢力ドルイドbardが登場したり、Wrenが裏で何やら動いていたりと、さらなる続きが楽しみなシリーズである。
著者について
Mary Watson(メアリー・ワトソン)
ケープタウン出身、現在はアイルランドの西海岸に夫と3人の子と暮らす。YA小説を主に執筆。
2006年にThe Caine Prize for African Writing in Oxford受賞、2014年にはThe Hay FestivalのAfrica39 list of infuluential writers from sub-Saharan Africaに入る。