LISTOWEL WRITERS’ WEEK POEM OF THE YEAR2020ショートリスト
An Post Irish Bool Awardsの詩部門。Webサイト上で全ノミネート作品を読むことができる。
サイトはこちら。
昨年は200作を超える応募の中から3作がノミネートされた。今年は100作を超える中から4作がノミネートされている。
相変わらず詩の形式や技術については不勉強だが、何となく英詩は読むのが好きだ。
An Post Irish Bool Awardsについては↓
受賞作品
Salt Rain(by Audrey Molloy)
著者:シドニー在住。ダブリン生まれ、ウェックスフォード育ち。様々な誌面で精力的に詩を発表している。
詩とは何なのか。散文のような作品だった。雨のような悲しみが伝わってくる、世界観や雰囲気が抜群である。
ノミネート作品
Dear Sean(by Paul McMahon)
著者:ベルファストからコークへ移り住む。数々の賞をとり、また様々な媒体で詩を発表している。初の詩集が出版されている。
お手本のような形でありつつ、ストーリーのある詩だった。悲しみの中で微笑むような、 こういう詩は大好き。
The Kerchief(by Christine Broe)
著者:彫刻家、詩人。美術教師、美術セラピストとして働いていたが、現在は退職し創作活動にいそしんでいる。
牧歌的というか、昔懐かしい感じの詩だと思っていたら、最後の最後でアッと気がついた。最初から読み直すと、なるほど、そういうことかと何となく理解する。私に知識があれば読み出しからすぐ気がついていたのだろうが、読み直したおかげで詩の味わい深さが分かったように思う。
Pine Box in the Flea Market(by Dean Browne)
著者:コークに長く住んだ後、現在は旅をしながら暮らしている。複数の文芸誌に詩を発表する他、The Well Reviewの編集も務める。
遊び心のある詩。個人的には今回ノミネートされている中で1番好きだ。タイトル通り「箱」を巡る内容であり、作者の想像力が素晴らしいと思う。終わり方も良い。
DEPT 51@ EASON TEEN/YOUNG ADULT BOOK OF THE YEAR 2019ショートリスト
An Post Irish Bool AwardsのYA(ヤングアダルト)部門。
ファンタジーが多めではあるものの、様々なジャンルがノミネートされている。ただ全体的にほの暗い雰囲気のような気もする。ヤングアダルトはやはりWelcome to Underground.なのか、心の傷を癒したい子が多いのか。
An Post Irish Bool Awardsについては↓
受賞作品
OTHER WORDS FOR SMOKE(by SARAH MARIA GRIFFIN)
ジャンル:ファンタジー
ページ:352
あらすじ:家が燃えた。周りの住人も、何が起きたのか分からなかった。知っていたのはただ2人、まだ子どものMaeとRossaだけだった。しかし2人は何も話そうとしない。
著者:ダブリン在住。デビュー作"Spare and Found Parts"は昨年ショートリスト入りしている。
ひたひた迫りくる系ホラー。脚注でちょっとしたコメントが書いてある少し面白い仕掛けの本。ファンタジーで脚注というと『バーティミアス』を思い出す。
ノミネート作品
ALL THE BAD APPLES(by MOÏRA FOWLEY-DOYLE)
ジャンル:マジックリアリズム、家系
ページ:348
あらすじ:Deenaには困った姉Mandyがいたのだが、ある日失踪してしまう。悲嘆にくれる家族の元へMandyから手紙が届くようになった。そこには、家族に不幸が続くのは昔から続く呪いのせいだと書いてあった。Deenaは呪いの根本を探しに行ったというMandyを追い掛けることになる。
著者:ダブリン在住。フランスとアイルランドのハーフ。吸血鬼が出てくるヤングアダルトについて勉強した後、吸血鬼が出てこないヤングアダルトを書くようになる。
書き出しからもう好き……。簡潔にDeenaとMandy、家族の関係性を説明しつつ謎を残して次の文章へ牽引していく。比喩表現も作者の気合が感じられて良い。
作者自身の紹介も面白い。赤ワインと登場人物全員が死ぬような話が好き→フランスの血、ハッピーエンドが好き→アイルランドの血らしい。
THE M WORD(by BRIAN CONAGHAN)
ジャンル:友情、メンタル
ページ:320
あらすじ:Maggieは毎日親友のMoyaに色んな話をする。Mum(ママ)が職を失ったこと、隠れて泣いていること、ママを元気づけようとしていること。しかしMaggieには分かっていた。ママが泣いているのは悲しいだけではないし、Moyaは数か月前に亡くなっている……。
著者:ダブリン在住、教師としても働く。"The Weight of a Thousand Feathers"で昨年本賞を授与されている。
淡々と1人称で描かれている。"The Weight of a Thousand Feathers"でもそうだったように、傷や秘密を抱え、それでも懸命に生きていく少年少女が主人公になっている。暗い中でも優しい雰囲気のある小説を書く人という印象。
PERFECTLY PREVENTABLE DEATHS(by DEIRDRE SULLIVAN)
ジャンル:ファンタジー、超常
ページ:368
あらすじ:この街には秘密がある。引っ越してきた双子のMadelineとCatlinは、ここでの生活で自然と以前より話さなくなっていった。そんな中、Madelineはこの街の異常性に気がつき始める。
著者:ゴールウェイ出身。ヤングアダルトを主に執筆している。それとケーキをこよなく愛している。
アイルランド名物?の双子主人公。アイルランドの小説にはやたら双子が出てくるし、現実多いらしい。
非常に詩的な小説と評されているのを多く見た。オーディオ化されているのもその為だろうか。若干のホラー要素もある気がする。
ALL THE INVISIBLE THINGS(by ORLAGH COLLINS)
ジャンル:LGBT、友情
ページ:320
あらすじ:ロンドンに戻って来たVettyは、幼い頃仲良くしていたPezとの再会を心待ちにする。しかしPezに「君は普通の女の子とは違う」と言われ、Vettyは悩むように。果たして自分は普通の女の子になりたいのだろうか?そして、「普通の女の子」とは?
著者:ダブリン生まれ、現在はサマセットに住む。80年代の少年向け映画が好き。今作は2作目。
書き出しが'My name is Helvetica.'である。フォント好きなら間違いなく引き込まれる1文ではないだろうか。Helveticaは主人公の名前だが、略称のVettyと呼ばれるのを好む。対して友人のPezは本名Peregrine。かっこいい。でも日本語にしてみれば「ハヤブサ」君なわけで、やはり少し恥ずかしいかもしれない。ただHelveticaに比べればPeregrineの方が一般に使われる人名である。
文章はヤングアダルトらしい生々しさがある。それと対比させるようなVettyとPezの純粋な出会いや友情の育み方の描写が良かった。
TOFFEE(by SARAH CROSSAN)
ジャンル:友情、家族、認知症
ページ:416
あらすじ:家出したAllisonは、空き家らしき所で勝手に忍び込む。しかしそこには住人がいた。Marlaという老年の女性は認知症であり、Allisonを昔の友人Toffeeと思い込む。Toffeeに成り代わってMarlaと付き合っていく内に、Allisonは家族とは何か、自身とは何か考えるようになっていく。
著者:ニューヨーク在住。哲学や文学を勉強していた。数々の賞をとっている有名作家であり、ヤングアダルトや子ども向けを中心に書いている。
キャッチコピーらしき'I am a girl trying to forget. She is a woman trying to remember.'という文章がとても良かった。
Allisonは人の顔色をうかがい、求められる自分を演じてきた。頭が良く優しい10代にはよくあることかもしれない。それの延長でToffeeに成り代わったAllisonは自分が何者なのか段々分からなくなっていく。
詩の形式で書かれていることを高く評価するレビューが多かった。
SPECSAVERS CHILDREN’S BOOK OF THE YEAR (SENIOR) 2019ショートリスト
An Post Irish Bool Awardsの児童書部門。
いつもノンフィクションからフィクションまで幅広くノミネートされているが、今年は自費出版物も含まれていてより懐の大きさを見せつけられた。
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受賞作品
SHOOTING FOR THE STARS(by NORAH PATTEN, Illustrated by JENNIFER FARLEY)
Shooting for the Stars: My Journey to Become Irelands First Astronaut
- 作者:Patten, Norah
- 発売日: 2019/11/16
- メディア: ハードカバー
ジャンル:ノンフィクション、宇宙飛行士
ページ:44
あらすじ:2017年、Norah Patten博士はアイルランドで初の宇宙飛行士になるためのプログラムに選ばれた。Norah博士の訓練を通じて、宇宙飛行士に関するあれこれを解説。
著者:メイヨー出身。航空機関係の技術者。11歳の時に旅行でNASAへ訪れ、宇宙に夢中となり、将来宇宙飛行士になりたい夢を抱く。
8歳~12歳頃向けとのこと。著者が丁度、宇宙飛行士になりたいと考えた年頃を対象にしているのか。宇宙飛行士が解説する宇宙のことに、かわいらしいイラストがついて読みやすくなっている。
ノミネート作品
LILY AT LISSADELL(by JUDI CURTIN)
ジャンル:歴史フィクション
ページ:288
あらすじ:20世紀、Lilyのような女性は未だ若いうちに学校を出て、勤め先を探すのが常だった。Lilyの仕事はお屋敷のメイド。ご主人は優しいが、慣れないメイド生活に苦労しながらやっていく日々。そんな中、ご主人の姪であるMaeveがやってきてLilyの似顔絵を描きたいと言う。立場の違う2人の友情を描いた小説。
著者:ロンドン生まれ、8歳でコークに移り住む。小学校の教師として働いていた。主に子ども向けの本を書く。
あらすじの書き方からして学校卒業後に勤め先を探したのかと思っていたら、Lilyは学期途中で仕事へ行くことになっていた。学校が好きだったLilyには可哀想な仕打ちだが、そうしないと家族も生きていけない。彼女の性格が明るくてどんな場所にも適応できそうなのが幸い。
FAMILY FUN UNPLUGGED(by PETER COSGROVE)
Family Fun Unplugged: Riddles, Brainteasers & Activities for Kids and Adults to Enjoy at Home
- 作者:Cosgrove, Peter
- 発売日: 2020/06/01
- メディア: ペーパーバック
ジャンル:パズル、謎解き
ページ:176
あらすじ:家族みんな、子どもから大人まで楽しめるアクティビティ・ブック。なぞかけ、頭の体操、難問までぎゅっと詰めた本。
著者:詳細不明。本作は自費出版でありながら、作者の努力もありベストセラーとなった。子どもがスマホやテレビばかり見ているのを憂いて作成したとのこと。
Independent.ieのインタビューを読むと作者自ら100店に通って本を売り込んだらしい。そうした努力と、おそらく中身の充実さが相まって人気作品になったのだろう。奇しくも現在子どもと家で過ごすのに最適な1冊。
GORDON’S GAME(by GORDON D'ARCY & PAUL HOWARD)
ジャンル:ラグビー、伝記
ページ:384
あらすじ:Gordon少年はラグビーに関して天才的な才能を持っていた。いつかアイルランド代表のユニフォームを着たいという夢を抱いていたが、それには困難が多く待ち受けていた。
著者:(Paul Howard)ジャーナリスト、作家。Ross O'Carroll-Kellyシリーズで有名。
(Gordon D'Arcy)元ラグビー選手。アイルランド代表を経験、所属チーム・レンスター・ラグビーでは最多キャップ。
本人が体験したであろうラグビーとの出会いや、ワクワク感がわかりやすい言葉で綴られている。子どもたちにとってのヒーローが、かつては自分たちと同じように夢を抱いていたというのは、嬉しいに違いない。
A STRANGE KIND OF BRAVE(by SARAH MOORE FITZGERALD)
ジャンル:悪、やや怖
ページ:240
あらすじ:Lucaは前の学校で起きた嫌な事件を忘れ、引っ越し先の小さな町で新たなスタートを切ろうとしていた。母とレストランを開き、従業員のAllieとも仲良くなれ幸先は良かった。しかしこの町にはJake McCormackという極悪人がいた。
著者:ニューヨーク生まれ、ダブリン育ち。リムリック大学で文章創作を教えている。
「今作の悪役」と自称するJakeの語りから始まる。なかなか斜にかまえた感じで少年心がくすぐられる。ひねりの効いた物語だという感想が多かった。
THE LOST TIDE WARRIORS(by CATHERINE DOYLE)
ジャンル:ファンタジー、シリーズ物
ページ:324
あらすじ:前作でアランモア島のStorm keeperになったFionn。しかし彼は無力だった。モリガンの信奉者が島へ攻め込んでくるといっても、Fionnには手立てがない。そこで友だちと共にダグザのメロウ(半魚人)たちを呼び出そうと画策する。
著者:アイルランド西部で育つ。YAを書く。Blood for Blood3部作が有名。
前作もこの賞にノミネートされていた。魔法の力をほとんど持たない主人公が強力な敵に立ち向かっていくのは心躍るものがある。
SPECSAVERS CHILDREN’S BOOK OF THE YEAR (JUNIOR) 2019ショートリスト
An Post Irish Bool Awardsの子ども向け部門。子どもの中でも低年齢層向けの作品が選ばれる。有り体に言って絵本である。
今年は全体的になんだかかわいい。
An Post Irish Bool Awardsについては↓
受賞作品
123 IRELAND! (by AOIFE DOOLEY)
ジャンル:数、アイルランド、0~4歳向け
ページ:13
あらすじ:アイルランドで有名なものを使って数を紹介した絵本。
著者:イラストレーター、コメディアン。グラフィックデザインも手掛ける多才。
物語的なものはなく、子どもと一緒に見て数字を学んでいくタイプの本。アイルランドには蛇がいない=0としているのが微笑ましい。
ノミネート作品
TAKE FIVE(by NIALL BRESLIN illustrated by SHEENA DEMPSEY)
ジャンル:成長
ページ:32
あらすじ:Freddieは友だちのBenが誕生日にたくさんのプレゼントをもらっているのを見て、何だか悲しい気持ちになってしまう。そこでNanaは、今Freddieが持っているものを1つ1つ一緒に見ていく。彼の人生は素晴らしいもので囲まれているのだ。
著者:ミュージシャンとして活躍。絵本の他、伝記も書く。2018年もTHE MAGIC MOMENTで本賞のノミネートを果たしていた。
THE MAGIC MOMENTでは恐怖を乗り越える方法を学んだFreddie。今回は嫉妬、ヤキモチと上手く向き合う方法をNanaから教わっていく。子どもに伝えるのが難しい微妙な機微をうまく絵本に昇華するなあ。
TINY AND TEENY(by CHRIS JUDGE)
ジャンル:思いやり、情
ページ:32
あらすじ:Pocket TownにTinyは住んでいる。毎日忙しなくしている彼女は、ご近所さんとも仲良しだ。ある日、葉っぱの形をした何かが落ちてきて、Tinyの家は壊れてしまう。コミュニティの優しさや思いやりを描いた本。
著者:ダブリン在住。これまでに数々の賞をとっている。コメディアンとの共作も。
世界観がかわいいが、Tinyのお家はがっつり壊れていた。なかなかハードな展開の絵本。
DON’T WORRY LITTLE CRAB(by CHRIS HAUGHTON)
ジャンル:カニ、勇気
ページ:48
あらすじ:海岸、岩の水たまりに大きなカニと小さなカニが暮らしていた。今日、2匹は海の深くへ潜ってみようと計画している。しかし大きな波がやってきて小さなカニは怖気づいてしまった。
著者:ロンドン在住。デザイナー、イラストレーターとして活躍し、出版した絵本はこれまで数々の国で翻訳されている。
かわいいかよ。
初めてのことは勇気がいるものである。その最初の1歩をどう踏み出すか描いた本。
ところでこの本、邦訳が出ている。原本と出版日が一緒なのはどういうことだ?
BOOT(by SHANE HEGARTY illustrated by BEN MANTLE)
BOOT small robot, BIG adventure: Book 1 (English Edition)
- 作者:Hegarty, Shane
- 発売日: 2019/05/16
- メディア: Kindle版
ジャンル:ロボット、冒険
ページ:240
あらすじ:おもちゃロボットのBootはゴミ置き場で目が覚めた。自分がなぜここにいるのか、なぜ持ち主のBethがいないのかさっぱり分からない。怖がりなBootは勇気を振り絞ってBethを探しに行く。
著者:ダブリン在住。元Irish Timesの編集者。Bootはシリーズもの1冊目であり、2冊目が既に刊行されている。
ここまでページ数がいくともう絵本ではない。が、中身を見ると絵がふんだんに使われ、強調したい文章が大きくなっている。絵本から小説への移行用にいいのではないだろうか。
THE PRESIDENT’S SURPRISE(by PETER DONNELLY)
ジャンル:ほのぼの
ページ:32
あらすじ:今日は大統領の誕生日。みんなは大統領を喜ばせようとサプライズの準備をする。
著者:ダブリン在住。このPresidentシリーズで人気を博す。
2018年にこのシリーズで本賞を取っている。アイルランドの現大統領ヒギンズ氏はこの前コロナウイルス感染を受けて自らの詩をフェイスブックに投稿していた。その投稿に対する意見を見るに、ヒギンズ大統領もこの絵本の大統領と同じく愛されているようだった。
レビュー:The Last Ones Left Alive
ジャンル:ポストアポカリプス、ゾンビ、旅
ページ:280
あらすじ
Orpenは小さな島で母とそのパートナー、Maeveと暮らしていた。優しい母、厳しいMaeveに育てられたOrpenは島の外、アイルランド本島にいるというskrake(ゾンビ)と戦って生き残る術を身につけていく。
数年後、skrakeに噛まれたMaeveを手押し車に乗せ、Orpenはアイルランド本島へ降り立った。目指すはダブリン、フェニックスパーク。
2つの時代を行き来しながら語られるOrpenの物語。
感想
荒れた大地、そこに跋扈するゾンビSkrake。
壮大な舞台が用意されているものの、この本は一貫してOrpenの成長譚になっている。
序盤のOrpenは、単なる少女である。母を亡くし、師と呼べるMaeveもゾンビに噛まれてしまい意識不明。生前のMaeveとはお互いゾンビに噛まれたら相手の首を切ると約束していたが、Orpenはそれができなかった。彼女はまだティーン。年齢を考えれば仕方ないことだろう。
それでOrpenはMaeveを手押し車に乗せ、アイルランド本島へ上陸してしまう。幼い頃聞きかじった、ダブリンのフェニックスパークにいる人間の生き残りに会ってMaeveを人へ戻してもらうためだ。
意識のないMaeveを連れながら歩くOrpenの旅路は孤独だ。朽ちた家屋、人のいない村、いつ襲ってくるかわからないゾンビ。しかしOrpenはとっくに滅びてしまったアイルランドを見て「美しい」と思う。滅びてしまったとはいえ、それは人間だけの話だから美しくて当然なのかもしれないが。
Orpenがアイルランドの景色を美しいと思ったのにはたぶんもう1つ理由がある。彼女は物心ついてからずっと小さな島で育ってきた。アイルランドの広い景色はおそらくOrpenにとって新鮮で、感動すべきものだったのだろう。これは親離れして広い世界を見に行く話でもあったのだ。
しかしそんなOrpenへの印象は、物語中盤からガラリと変わる。彼女はそれまでの人生で他人と関わってこなかった。母とMaeveは家族だったし、さらには「(家族を含め)人間を信用してはいけない」と教育されてきた。
そんなOrpenが他人と出会ったら、それはもうお察しである。手負いの獣かというくらいOrpenは警戒し、疑い、逃げようとする。物語前半までの純粋にMaeveを案じ、景色の美しさを感じていた少女はどこへ行ってしまったのかと思うくらいOrpenは身勝手に行動をし始める。
Orpenが他人と出会ってまず感じたのは、「こいつら弱すぎない?」。確かにOrpenは強い。対ゾンビを想定して毎日毎日訓練を受けてきた彼女なら、そこらの一般人など軽く殺してしまえるだろう。Orpenから見て他人は隙だらけだ。そんな警戒心の無さじゃゾンビがのさばる地上じゃ生きていけない。
けれど、その弱くて甘い一般人はOrpenが持っていない強さを持っていた。「自身を犠牲にして誰かを助けること」である。それはかつて母がMaeveに対して、そしてMaeveが自分に対して行ってくれたことだった。
自分にそんなことはできない、なぜ人はそんなことができるのか。Orpenは旅の間、その疑問と向き合っていくことになる。
自己犠牲を尊いと感じるのは、たぶん人にとって死が大きな恐怖だからなのだと思う。多くの人にとって死は恐れ、忌避すべきものだ。死にたくないという気持ちを抱えたまま、恐怖を乗り越えた姿に人は感動するのではないか。もちろん、利他的な行動こそ美徳であるという教育・文化の影響も多分にあるのは当然として。
OrpenはMaeveの死を2度経験する。1度目は肉体的、2度目はゾンビとして蘇り自我を失った精神的な死だ。この2度目の死は、Orpenが言いつけ通りにしなかったために起こったとも言える。2度も育ての親の死、そして生みの母の死を目にしたOrpenにとって、死の恐怖は誰より身近で大きいものだっただろう。とにかく生き延びることを第一として育てられてきた経緯もあり、Orpenは自己犠牲の精神を理解できなかったのだと思う。
Orpenが死の恐怖と向き合い、どう結論を出すのかはこの物語の主軸の1つになっている。
どれほど心身を鍛えていようと、人間は1人でゾンビを相手にして勝つことはほぼできない。だからこそ生き残った人間はひっそり隠れて暮らしている。この小説でのゾンビはそういう存在として描かれている。
人間の取れるわずかな対抗手段は、限りなく鍛え集団でゾンビと戦うこと、そして互いに助け合うことだ。他人のために労力を使うのも、物資を差し出すのも、身を危険にさらすのも自己犠牲に含まれるだろう。みんなが何かを犠牲にしながら助け合い、脅威と戦っていく。1度は弱い存在と見下した人間がその甘さからOrpenの命を助けたように、各々の持つ力を持ち合わせることこそが人間の持つ武器なのかもしれない。
私がOrpenの旅に寄り添えるのは小説で描かれている部分だけだったけれど、この世にたった1人残されたと感じていた彼女が、いつの日か、大事な人とこの美しい地上の景色を心ゆくまで眺められればいいなと思う。
著者について
ダブリン在住。アイルランドの独立系出版社Tramp Pressの創設者の1人。
RTÉ RADIO 1 LISTENERS’ CHOICE AWARD 2019ショートリスト
ラジオのリスナーが選ぶ部門。
最も読者の声が反映されている部門のように感じる。ジャンル問わず人気作が選ばれているのが特徴。
An Post Irish Bool Awardsについては↓
受賞作品
OVERCOMING(by VICKY PHELAN with NAOMI LINEHAN)
ジャンル:自伝、心理
ページ:368
あらすじ:1人の女性が大きな山を動かした記録。命の危険にさらされた事故、母になり、うつ病になったこと。そしてHSE(Health Service Executive)による子宮がん見過ごし事件。事件の詳細を明らかにするため、彼女は戦った。
著者:(Vicky Phelan)2人の子を持つ母。子宮がんに関して今も活動を続けている。
(Naomi Linehan)ジャーナリスト。今回が2作目。
ノンフィクション部門でもノミネートされていた。かつ、An Post Irish Bool Awardsは受賞作が出そろった後そこからさらに今年の1冊を選ぶのだが、2019年の本はこちらが選ばれている。
ノミネート作品
ONCE, TWICE, THREE TIMES AN AISLING(by EMER MCLYSAGHT & SARAH BREEN)
Once, Twice, Three Times an Aisling (English Edition)
- 作者:McLysaght, Emer,Breen, Sarah
- 発売日: 2019/09/19
- メディア: Kindle版
ジャンル:ラブコメ
ページ:416
あらすじ:Aislingは30才に。大人になるということ、結婚、これからの人生。色々な悩みやトラブルと奮闘しつつ、ドタバタしながら彼女は自分の人生を懸命に過ごしていく。Aislingシリーズ3作目。
著者:2人組。共にジャーナリスト。
Popular部門で受賞している。サクッと読めて後味の良い人気シリーズ。
SHADOWPLAY(by JOSEPH O'CONNOR)
ジャンル:歴史フィクション
ページ:310
あらすじ:小説『ドラキュラ』の著者ブラム・ストーカー、ハムレット役を演じ有名になった俳優ヘンリー・アーヴィング、その相手役を務め自らも有名になったエレン・テリー。3人の関係を描く。
著者:ダブリン生まれ。フィクションからノンフィクションまで幅広く書き、2012年にIrish PEN賞を受ける。映画化作品もいくつかある、アイルランドを代表するベテラン作家。
こちらはEASON NOVEL OF THE YEARの受賞作品。こうして見るとこの賞は各部門の選りすぐりがノミネートしているなあ。
GIRL(by EDNA O'BRIEN)
ジャンル:ナイジェリア、誘拐
ページ:240
あらすじ:「かつて私は少女だった」ナイジェリア北東部で過激派組織ボコ・ハラムに誘拐された少女は、そこで妊娠させられてしまう。暴力で支配されたその組織から逃げ出すが、彼女を待っていたのは辛い現実だった。
著者:クレア出身。女性を主人公にした話を多く書いている。2019年のDublin One City One Book(毎年4月に皆で1冊の本を読もうというイベント)で「カントリー・ガール」が選ばれた。「カントリー・ガール」含め邦訳も多数。
こちらもEASON NOVEL OF THE YEARノミネート作品。事実を基にしたフィクションであり、非常に胸が抉られるような内容。
NIGHT BOAT TO TANGIER(by KEVIN BARRY)
ジャンル:会話劇
ページ:224
あらすじ:MauriceとCharlieはスペインのアルヘシラス港の暗い待合室にいた。壮年にさしかかった2人が待っているのはMauriceの娘だ。1晩の間、彼らは今まで付き合ってきた25年間を振り返る。
著者:リムリック出身。これまでに長編1つと短編集2つを出版している。今作はブッカー賞のロングリスト入りを果たしている。本としての邦訳はなく、雑誌MONKEYのVol.18で柴田元幸さんが短編を訳されている。
三度、EASON NOVEL OF THE YEARノミネート作品。小説というより劇のような本である。
BORD GÁIS ENERGY SPORTS BOOK OF THE YEAR2019ショートリスト
An Post Irish Bool Awardsでスポーツ関連の本に贈られる賞。
今年はスポーツそのものというより、引退後の選手本人の生活に焦点を当てたものが多いだろうか。
An Post Irish Bool Awardsについては↓
受賞作品
RECOVERING(by RICHIE SADLIER with DION FANNING)
ジャンル:サッカー、人生、復活
ページ:304
あらすじ:24歳でサッカー選手を引退したSadlierには、何もなくなってしまった。酒におぼれ、暗い記憶にさまよう日々。しかしある時、彼は自身の中の悪魔を克服し、人生を生き直すことを決意する。
著者:元サッカー選手。怪我のため24歳で引退、その後はコラムを書いたりメディアに出演したりと活躍中。
軽い語り口で書かれていて読みやすい。スポーツというより、引退後の生活に焦点を当てた感じだろうか。「回復したよ!」との書き出しなので安心して読み進められるのも良い。
ノミネート作品
THE DUBLIN MARATHON (by SEAN MCGOLDRICK)
The Dublin Marathon: Celebrating 40 Years
- 作者:Sean Mcgoldrick
- 出版社/メーカー: O'Brien Pr
- 発売日: 2019/12/14
- メディア: ハードカバー
ジャンル:マラソン、歴史
ページ:208
あらすじ:1980年から始まった、ダブリン市内をコースとするダブリンマラソン。10月最後の週末(Marathon Weekend)に行われ、その日は街中がランナーのサポーターと化す。40周年を記念してこれまでのダブリンマラソンのコースや歴史、小話などをまとめた。
著者:the Sunday Worldのスポーツジャーナリスト。
ダブリンマラソンはヨーロッパで5番目に大きいマラソン大会(らしい)。2100人の参加だった1980年から、2019年はなんと約22,500人。10倍である。40年の歴史を写真と共に振り返っている。
CAMOUFLAGE(by EOIN LARKIN with PAT NOLAN)
Eoin Larkin : Camouflage: My Story (English Edition)
- 作者:Eoin Larkin
- 出版社/メーカー: Reach Sport
- 発売日: 2019/10/18
- メディア: Kindle版
ジャンル:ハーリング、自伝
ページ:304
あらすじ:Eoin Larkinはハーリング界のヒーローである。スタメンとして所属チームを8回もAll-Ireland優勝に導いたEoin。しかし彼は人知れずうつ病に苦しんでいた。今まで語ろうとしなかったうつ病含め人生を振り返った自伝。
著者:ハーリング選手。所属チームを優勝に導いている他、個人でも賞を多数獲っている。
ハーリングファン必読との触れ込みだった。選手視点から試合を振り返るのはもちろんだが、うつ病について語っているのも興味深い。
SOMETHING IN THE WATER(by KIERAN MCCARTHY)
Something In The Water:: How Skibbereen Rowing Club Conquered the World (English Edition)
- 作者:Kieran McCarthy
- 出版社/メーカー: Mercier Press
- 発売日: 2019/10/18
- メディア: Kindle版
ジャンル:ボート、クラブ
ページ:288
あらすじ:Skibbereen Rowing Clubはその規模の割にボート競技で多くの世界チャンピオンを生み出しているクラブである。クラブでは一体どのようなことが行われていたのか、選手ではなく舞台裏で働く人々に焦点を当てた。
著者:ベテランのスポーツ記事編集者。今作がデビュー作。
選手自身よりも、選手の環境を整え、影で支えた人々をメインとした本になっている。確かに選手の努力や才能はもちろん、競技に集中する環境や相性の良いコーチに巡り会うことは勝つために重要な要因になるのだろう。そうした環境を個人依存でなくクラブで持っているというのは強いかもしれない。
ALL IN (by JAMIE HEASLIP with MATT COOPER)
ジャンル:ラグビー、自伝
ページ:304
あらすじ:アイルランドにおけるナンバー8の代名詞的存在であり、ラグビー界を牽引してきた著者が語る現役時代の話。
著者:レンスターとアイルランド代表としてプレイした元ラグビー選手。フォワードのリーダーポジション・ナンバーエイトとして活躍した。2018年に怪我のため引退。
Wikipediaに乗っている本人の写真を見てその体格にビックリした。ムッキムキ。
プロローグのタイトルが"The beginning of the end"というところからして格好良い。そしてタイトルの通り、著者が選手生命を断たれた怪我をするシーンから語りは始まっている。何とも切ない雰囲気である。
ABOUT THAT GOAL(by SEAMUS DARBY with PJ CUNNINGHAM)
About That Goal: The Official Biography of Seamus Darby (English Edition)
- 作者:Pj Cunningham
- 出版社/メーカー: Ballpoint Press Ltd.
- 発売日: 2019/08/29
- メディア: Kindle版
ジャンル:ゲーリックフットボール、自伝
ページ:281
あらすじ:1982年、オールアイルランド決勝で劇的なゴールを決めたSeamus Darbyが人生を振り返る。ゴールの瞬間から引退後のあれこれまで赤裸々に語った。
著者:元ゲーリックフットボール選手。1982年のゴールはゲーリックフットボール史の中でも最も有名。
ゲーリックフットボールは、ある一定の条件でなら手も使って良いサッカーのようなもの。アイルランド発祥で国技にもなっているが、プロリーグは存在しない。
プロローグの前に共同執筆者であるPJ Cunningham氏の前書きがあり、Seamus Darby氏の人となりと彼に対する情熱が語られている。こういうの何だか良いなあ。